第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百三
―――肉屋のブッチも、ソルジェの信奉者だった。
亜人種たちにとって、ソルジェの存在は特別なものになっている。
得体の知れない『怪物』のようであり、少なくとも軍事的な『英雄』だ。
まるで『魔王』のような存在だと、ブッチたち亜人種は正しい直感を成し遂げている……。
「嘘じゃないよ。少なくとも、オレは本当だって信じてる!このクソ忙しい戦いの夜に、誰も冗談なんて言わないだろ?」
「どうだかな。ヒトってのは、いつだって嘘つきで、いけ好かない威張り屋で……本音を隠すもんだ」
「なあ、肉屋のオッサン、歪んでない?」
「うるせえ。何々……ん。こいつは、トーリー・タイズンからの手紙じゃねえか?『オルテガ』の商人だぞ。ストラウス卿と関係なんて…………はあ、あいつ。『ルファード軍』に雇われたってか」
―――人間族の商人は、無節操なところがある。
肉屋のブッチは、そんな考えを前々から持っていた。
トーリー・タイズンの行動も、その傾向に新たな確信を与えてしまう。
だが、ソルジェを信奉するブッチの心中は複雑だった……。
「『ルファード軍』か……タイズンさん、オレたちを裏切ったということかな?」
「裏切ったとは限らねえ。『ルファード軍』は、ストラウス卿の軍なんだからな。帝国は、オレたちの敵だ。つまり、敵の敵で……」
「敵の敵も、敵だってコトもあるんじゃない?乱世って、ヒドイよね」
「ガキごときが知った風な口を……とにかく。何でも、早計に決めつけるべきじゃない。今の状況は、とても難しいんだからな!」
―――巨人族は理知的だった、ブッチは粗暴な方だったけれどね。
肉屋は手紙に目を通す、トーリー・タイズンは自分の弁護をしっかりしていた。
いくらかの真実を誤魔化していたけれど、『オルテガ』の独立維持を望むのは本当だ。
肉屋のブッチは、かねてからの親交だか腐れ縁に応えて信じてやることにする……。
「トーリー・タイズンは、裏切り者じゃない。『ルファード』に『オルテガ』を売り払ったわけじゃなく……あくまで、ストラウス卿に腕を買われたらしい」
「そうなんだ。まあ、どうでもいいけど」
「お前が言い出しておいて、どうでもいいとは何事だ!」
「からむなよー。それで……どういう仕事をしているんだい?」
―――少年は、肉屋の男に気を遣ってやった。
あくびもきちんと噛み殺す、手紙を届けるときに十分な銀貨をもらっている。
ブッチの機嫌を気遣ってやることも、報酬に含まれるものと大人びた判断をした。
ちゃんと興味があるように振る舞い、目を丸々と見開く演技までサービスする……。
「気になるだろ?タイズンのヤツは、リヒトホーフェンの悪事の証拠を洗っているらしい。まるで、探偵よろしくな!」
「タイズンさんって、そんなことまでやれるの?」
「『オルテガ』商人ってのは、抜け目がないんだよ。オレも例外じゃない。リヒトホーフェンに、ハメられて……落ちぶれちまったが……ストラウス卿との縁が生まれるなら、もしかしたら……」
「目の色、ギラギラさせてる……おっちゃんも、苦労してるんだねえ」
「『リヒトホーフェン時代』は、サイテーだった。だが、あいつは……ストラウス卿に討ち取られたんだろう。これからは、ストラウス卿の時代ってことだ!」
「リヒトホーフェン伯爵、死んだらしいね」
「死んで当然だ。見ろ、このありさまを……『オルテガ』を、わけ分からんバケモノで、ぶっ壊しちまいやがった」
「……変な薔薇まで咲いてたよね、空に……もう、いなくなったけれど」
「ストラウス卿は、偉大ってことだ!」
「おっちゃんは、ストラウス卿の大ファンだね」
「そうさ。だから、仕事をする……待ってろよ。手紙に、全て目を通すから」
「……ああ。待っててあげますよ。もしかしたら、返信の仕事もしてあげるよ」
―――賢い少年の前で、ブッチは細めた目で手紙を読んだ。
長ったらしいトーリー・タイズンの自己弁護が終わると、腹立たしい名前に出会う。
舌打ちして、悪態をつく。
クリア・カニンガム、リヒトホーフェンの次に大嫌いな男だった……。
「クリア・カニンガムめ……っ。くそったれ!」
「……カニンガムって、料理人の?」
「あいつは、そんな可愛げのあるヤツじゃない。端的に言えば、マフィアだ」
「マフィア?料理人で、大きな宿をいくつも持ってるのに?」
「悪人だから、それだけ儲けられるんだよ。善良な……そう、オレみたいな正しい商いをする者たちから奪い取ってな!」
「恨み節だね。カニンガムに、何をされたのさ?」
「色々だ。ガキには、言えねえ」
「……じゃあ、聞かずに済んだコトを喜んでおくよ。血生臭い光景を、山ほど見ちゃった夜だからね」
―――トーリー・タイズンの読み通り、ブッチはカニンガムに詳しかった。
昔はそれなりに仲が良く、人種の壁をお金の付き合いは越えていた。
ブッチの用意する肉は確かに質が良かったし、カニンガムはそれを好む。
商いのためなら、互いが抱く嫌悪感をも乗り込められた……。
「オレがリヒトホーフェンに仕事を奪われたとき、あいつは見捨てやがった」
「帝国には、逆らえなかったからだろ?」
「いいや。あいつは……オレが専属契約していた農家を、自分のモノにしちまいやがった。オレへの保証なしに!」
「それは、『オルテガ』商人の流儀に反していそーだねー」
―――憤慨を力強いうなずきで表現し、ブッチは手紙をめくる。
『教えてくれると助かるね。カニンガムの最近の動向を』。
『リヒトホーフェンに雇われて、彼は多くの『会食』を手配した』。
『それらをストラウス卿に伝えられたら、我々に褒美が与えられるだろう!』……。
―――ソルジェの信奉者である前に、商人だった。
追いつめられて困窮している肉屋に、トーリー・タイズンの言葉は深く刺さる。
かつてより偉大な商人になれるかもしれない、ストラウス卿の軍隊に肉を卸したい。
肉以外だって手広くやれるはずだった、巨人族への差別がなくなれば……。
「オレは、まだまだやれるんだ!悪いな、クリア・カニンガムよ。お前が、リヒトホーフェンに追い詰められたオレを見捨てたように……今度は、ストラウス卿の名において、オレが『オルテガ』商人の流儀に反したお前に、罰を与えてやろうじゃないか!」




