第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その百一
「ガルーナの野蛮人の良いところは、アホで、間抜けで、山猿並みに単純なところだ」
―――複雑で精確な学問の支持がなくても、目の前で触れた現実を信じる。
愚かしくて非科学的な、ただの一個人的な体験に過ぎないものだった。
賢さや学があれば、こんな行いは許容できないだろう。
高度な知性は、良くも悪くも想像力に囚われがちだから……。
―――想像力はいつだって、諸刃の剣なんだよ。
得られるものがあれば、ちゃんと失うものもある。
賢い想像力があったなら、人種差別が永続性だって考えてしまった。
想像力は、恐怖の苗床でもあるのだから……。
―――想像力を良い方向だけに使うのには、愚かしいまでの無謀さが要る。
信じることは、非科学的なときもあるんだよ。
未来なんて不確定で、誰が保証してくれるわけでもないものを。
君だったら、信じられるかな……?
―――想像力が邪魔をするかもしれないし、背中を押してくれるかもしれない。
日によって、それは変わってしまうかもしれないよね。
雨や雲が支配する灰色の夕方には、絶望に呑まれかけちゃうかもしれないし。
晴れやかな昼間や、星の瞬きを遮る流星を見ただけで希望を得られるかもね……。
―――想像力は、大きな力を持っているくせに。
とても気まぐれなもので、誰もがそれを完全に操り切れはしない。
たくさんの悲劇や絶望があって、たくさんの奴隷が踵を斬られて首を吊るされる。
帝国は大陸を支配したままで、ボクには帝国軍の動きが届いていた……。
―――おびただしい数の絶望がひしめき合っていて、ソルジェも知っている。
『大魔王』だから、笑顔で信じられるのかもしれない。
あるいは、本当に失礼な言い方だけれど。
無学でアホなガルーナの野蛮人だから、想像力を味方につけられるのかもね……。
―――帝王学なんて、教えられなくて良かったのかもしれない。
政治的な力学だとか、外交儀礼や歴史たち。
そんなものが否定し続けた、人種が融和できない世界。
この苦々しい事実を知らないからこその『自由』だって、あるのかもね……。
―――少なくとも、ソルジェは世界で初めてファリス帝国の十大師団を倒した男だ。
その動機は復讐心だったのかもしれないし、感情的な暴走だったのかもしれない。
もしかすると、ボクとクラリスの策略のおかげかも。
でもね、ソルジェは悪い想像力に囚われ続けてはいなかったんだよ……。
―――労働は続く、汗をかきながら若者たちはそれぞれの仕事に戻った。
それぞれの種族や立場に向かって、別れていく。
さっきとはね、少しだけ違っていたよ。
互いの距離が露骨なほどには、離れていない……。
―――ほんのわずかな違いかもしれないけれど、確かに変わったんだ。
たった一本の丸太を、引き上げただけで。
価値観なんてものは、揺らいでしまう。
若者の良いところだよ、過去と経験が多くないからすぐに変化を得られた……。
―――打算的な若者も多く、勝ち馬に乗りたがって帝国に向かう若者もいるけれど。
若さの特性は、ボクらにとっても好ましい変化を喚起してもくれる。
どうあれ、ソルジェにはこれだけで十分だった。
『未来』を信じるために、名も知れない若者たちの動きを見ただけでね……。
愚かしいことかな?
―――まとわりつく絶望的な想像力から解き放たれて、鉄靴は歩く。
過去に囚われた議員たちが待つ場所に、戻るのだ。
変わってしまう絶望に、変化を恐れる想像力に。
大魔王は、もう一度出会うんだ……。
「『未来』が怖いのならば、過去を信じるがいい」
「……過去を、信じる?」
「君らが守り、自らの子や孫に伝えた教えのことだ。歴史を帯びた、君らの伝統、『オルテガ』の生き様そのものだ」
「それを、貴方は……変えてしまわれる。奪ってしまわれるのです!!」
―――「この侵略者め!!」、とでも言いたそうな怒りが双眸に宿っていた。
あまりにも感情的で、政治的にとてもハイリスクな態度だったけれど。
これこそが彼らの本音とも言えるもので、ぶつけ合う価値がある感情だ。
大魔王は、やはり笑みで応じる……。
「奪われたところで、歴史なんてものは変わらない。ガルーナも、そうだ。竜騎士姫から連なるストラウスの血の本性もそうだった。何世代も、何百年も、血と時を連ねて受け継がれた本物の生き様は、たとえ国が滅びたところで失われるものではない」
―――罪科の獣神からの、大いなる遺産だった。
国を滅ぼされても、自分以外の一族の全てを殺されても。
悪神に先祖の歌を奪われても、血と時を重ねて作られた志は失われない。
生き様は、あらゆる障害を貫いて受け継がれている……。
「信じるがいい。君たちの歴史を。君たちが、本当に失いたくないものが、果たして何なのかを異国の生まれのオレには理解は出来んだろう。だがね、そういったものは、必ず受け継がれる。命の全てを、絶やされない限り。君らは、どれだけ他の何かを失ったとしても、『オルテガ』の神髄を失いはしない」
「千年前から、ここが『オルテガ』であったように。多くの者たちが流れ着き、奪い取り合いながら変わりながらも、この迷宮都市は、ここに在った。『オルテガ』生まれだと、誇りを込めて名乗れる者たちがいる。君らと、君らの子孫たちは、どれだけ遠い『未来』においても『オルテガ』の民だと胸を張るのだ」




