第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九十八
「ど、どのような条件でしょうか?」
「メダルドと同じことだよ。『自由同盟』に誘うためには、反帝国の意識だけでは足りない。同じ価値観を共有してもらわねばならん」
「同じ……価値観ですか」
「『ルファード』は、それをすでに示している。言いたいことは分かるだろう?亜人種奴隷の解放や、亜人種の地位向上を約束してもらうぞ」
―――ソルジェの目が細められ、品定めするように議員たちを見回した。
『オルテガ』にも亜人種の商人たちはいるが、亜人種たちの奴隷もいる。
『人買い』ジーの一族が、最も多く奴隷を売り渡した街は『オルテガ』に他ならない。
帝国ほどでなかったとしても、この街にも亜人種差別の根ははびこっている……。
―――ソルジェの政治的な野心はいくつかあるけれど、これは最たるものの一つだ。
亜人種に対しての差別がなくなるように、世界を変えたがっている。
帝国以外の亜人種奴隷の現場を見ることで、その意志はより固まった。
世界には当たり前のように、人間族と亜人種のあいだに根深い壁を持つ……。
「それを変えたいんだよ。人間族とエルフ、ケットシー、ドワーフ、巨人族……亜人種たちとのあいだにある関係性を、根っこから変えたい。『自由同盟』に属するということは、その新しい価値観を持ってもらう必要がある」
「……奴隷貿易を、破壊したいのですか?ジーの一族だけでなく、『オルテガ』の商いにも大きな影響が出てしまいます」
「だろうな。そうだとしても、帝国に支配されるよりはマシだろう」
「……亜人種の奴隷がいなくなることは、わ、我々にとって大きな痛手となる……」
「知っているよ。それでも、『常識』を変えられるこの機会をオレは逃したくない。『プレイレス』がそうしたように、君らも亜人種への扱いを改めて欲しいんだよ」
「それを飲むことが、貴方からの条件なわけですな……」
「ああ。その通り。ガルーナや、ルード……人間族や亜人種が、共存する世の中にしたい」
「……それぞれの国には、それぞれの歴史があるものです。我々も、亜人種の奴隷に対して、同情の涙を流すこともありますが……経済を回すためには、この街が他の都市国家に遅れを取らないためには、奴隷制度は有益だったのです……」
―――世界の『常識』で言えば、ソルジェの方が当然ながら異端だった。
誰しもが姿かたちの異なる者に、少なからずの拒絶を抱くのが自然ではある。
人種の融和を成し遂げた時代は、この大陸に一度だってない。
支配することと差別することは、ヒトに備わった本能的な行動なのかもね……。
―――そんなことはソルジェも分かっているからね、だからこそ乱暴者になる。
世界を力尽くで変えるためには、多くの機会を利用すべきだった。
この議員たちが滅亡の危機の最中でも、交渉という政治をしたがるように。
ソルジェも自分の政治的野心を叶えるために、容赦している暇はない……。
―――帝国を倒すことよりも、難しい行いを目指している。
差別と支配が大好きな、ヒトという獣の本質を歪めなければならない。
『自由同盟』以外が、その価値観を認めたがらないのならば。
横暴で暴虐な手段を選んだとしても、世界を無理やり変えたいと願っている……。
「諸君らは選ばなくてはならんのだ。オレたち『自由同盟』に属したいのなら、この条件を飲む必要がある。経済的な苦境に立たされたとしてもな」
「……それは、私たちに没落しろと言っているようなものです」
「没落するとは限らんぞ。君らは、かつての営みを失うことになるだろうが、新しい可能性を得られる」
「可能性、ですか」
「搾取するだけでは、得られない協調がある。そういう力は、可能性にあふれたものだ。大陸最強であるはずの帝国に、オレたちが勝ってみせたように……ありえないことを、ちゃんと起こして見せただろう?」
「……貴方は、本当に……帝国を倒してしまうおつもりなのですね」
「そうだ。そのためにも、新しい力が必要なんだよ。世界を、変えるためにな」
「……とても大きな野心だと、感じます」
―――ソルジェはこの議員たちの本音を、見抜いていた。
彼らは故郷である『オルテガ』が、帝国から解放されることは望んでるものの。
帝国を完全に打倒することまでは、望んでいない。
正確には『望めていない』んだよ、それが可能だと信じてはいなかったから……。
「『自由同盟』という力は、そういう集団だ。オレたちは、帝国を倒し、世界を変える。その力を望むのならば、それに相応しい努力と対価を払ってもらうことになるぞ」
「……貴方は、どうして、そのようなお考えを?……その。貴方は、人間族なのに」
「オレの妻には、エルフとディアロスがいる」
「……その情報は……伝え聞いてはいたのですが。本当、だったのですね」
―――議員たちは嫌悪にも近しい拒絶を、政治屋の変幻自在の顔に浮かべた。
彼らからすれば、亜人種の妻を娶ったソルジェのことがおぞましく見える。
夏の夜のぬめりつく暑い風が窓から入り、目の前にいる異端分子に恐怖した。
理解できない未知の存在に、議員たちは戸惑い鍛錬された口も固まっていく……。
―――差別というものは、本能みたいに根深いものだから。
『違う』ことは、攻撃していい理由にも等しい。
議員たちの反応は素直で、ソルジェは腹を立てることもなく受け入れる。
受け入れたからといって、あきらめはしないけれどね……。
「かつて、オレが仕えたガルーナの王ベリウスは、『亜人種びいきの魔王』と呼ばれた。オレは、陛下よりも『亜人種びいき』だ。つまりは、諸君……君らが目の前にいる男は、『大魔王』となる男なんだよ」
―――世界を変えるのだ、人間族優位の世界から。
あらゆる種族が共に生きてもいいという、『大魔王的な世界』に。
人種が平等だなんていう幻想を、ありえなかったことを。
その夢を暴力で叶える『大魔王』と、議員たちは夏の夜に出会った……。
「怯えてくれ、嫌ってくれても構わん。だがね、オレと契約するのならば、相応の対価を支払わせる。君らも世界を変える力の一端となってもらうぞ」




