第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九十五
―――迷宮都市にある商館の一つで、不安げな議員たちが集う。
リヒトホーフェンにより議会も解体されて久しいからか、彼らは自信を失っていた。
選挙による統治者の権利は、時間制限がつきものだからね。
彼らは自分たちが本当のリーダーなのかについて、自分でも納得できていない……。
―――『他にいない』から、彼らが呼ばれただけに過ぎないんだよ。
そもそも、この立場を『与えてくれた』のは?
ソルジェとガンダラに思えてしまう、二人が拒めば議員たちの立場も消える。
選挙という形に立脚していない状態で、都市の運命を背負うべきなのか……。
―――彼らは自分たちの正当性に不安を抱きつつも、質問している。
『オルテガ』市民にとって、最も大きな利益を守るために。
自分たちが支配されないために、可能な限り抵抗すること。
それだけを選び、ソルジェに怖がりながらも対面していた……。
「オレたちは侵略者になるつもりはない。『ルファード軍』が『オルテガ』を占拠することは、あくまでも帝国軍に対して守りを固めるために他ならない」
「それは、理解しているつもりです……」
「『ルファード』の者たちも、『オルテガ』を奪い取りたいわけじゃないんだ。平時ならばともかく、彼らも疲弊している。帝国の支配から抜け出したばかりで、不安定な状態なんだぜ」
「……我々を、侵略する余力はないと……?」
―――『王無き土地』の都市国家同士は、争いの歴史だ。
とくに城塞が継ぎ足されていき、迷宮とも呼ばれる街並みとなった『オルテガ』は。
疑心暗鬼になって当然だけど、今のところメダルド・ジーに侵略の意志はない。
『ルファード』が通常の状態であれば、侵略したかもしれないけれどね……。
「その通りだ。戦士たちは、誰しもが疲れ果てている」
「……それでも、疲労は一晩寝れば取れるでしょう」
「疑い過ぎることはない。『オルテガ』を奪い取る気は、こちらには毛頭ない。メダルドや『ルファード』のリーダーたちとも、そんな会話はしたこともないぞ」
「……貴方と彼らの関係は、親密なものかもしれません。ジーの一族の長を、名前で呼ぶほどに。しかし……か、彼ら『ルファード』商人たちが、貴方に秘密で何かを企むことはありませんか?」
―――政治は旗幟鮮明でなければ、疑いを招きやすいものだ。
メダルド・ジーという『人買い』と、『自由同盟』の幹部の一人が親しい。
その事実がソルジェに対しての評価を、見えにくくしている。
この議員たちからすれば、ソルジェはまるで狡猾な政治屋にさえ見えた……。
―――人間族と亜人種たちが混成する軍隊、『ルファード軍』の経路も難解だ。
議員たちはこの集団を率いている者を、よく見極めている。
『ルファード軍』の実質的な意思決定者は、ソルジェなのだから。
だからこそ、議員たちはメダルドを使って揺さぶりをかけたんだ……。
「メダルド・ジーに、政治的な野心はない。彼は、いつでも商人だし、その領分を越えたがっているわけじゃない」
「そう、でしょうか。彼は、貴方のそばに来る前は……帝国貴族に接近していました。私たちは、把握しています。ボーゾッド伯爵と、親密にしていたと」
「帝国軍に支配されていた状態だ。『人買い』の仕事も奪われていた。ボーゾッドと組むほか、商いを継続する方法はない。それは、君たち『オルテガ』の商人たちも同じだったはずだ」
「……え、ええ。そうですが……ボーゾッド伯爵は、リヒトホーフェンと敵対していました。ボーゾッド伯爵と『ルファード』の商人たちが組み、『オルテガ』を奪い取る企みをしていたのでは?」
―――老獪な話術の使い手は、仲違いをさせる能力が高い。
結束が力であることを熟知しているからこそ、それを割る術を心得ている。
帝国も脅威だが、『オルテガ』の『敵』は帝国だけとは限らない。
議員たちは、『ルファード』とソルジェのあいだに亀裂を入れたがった……。
―――あくまでも『オルテガ』を守るためであり、それ以外の理由はない。
これは交渉事に過ぎなくて、本音は関係なかった。
『オルテガ』の自治を取り戻そうと、この火事場で議員たちは奮闘している。
ソルジェを怒らせずに、自分たちの会話を聞くように心理操作を試みている……。
「気高いソルジェ・ストラウス卿。我々は、貴方と交渉したいのです。議員としての立場が、選挙に支持されている状況とは断言しかねますが……今この状況で、選挙をしている余裕も、議会を開く余裕もない……」
「市民たちを代表しているだろう。この街を占拠している戦士たちのリーダーの一人であるオレにも怯えず、故郷のために政治をしている」
「……恐怖ゆえに、でもあります。我々は、リヒトホーフェンの侵略を受けたときの議員です。当時の民意を、そのままに伝えることで……職責を果たしたいのですよ」
「攻め込まれたとき、市民たちは反抗した。街の外の勢力に、支配されることを望んでいなかったと」
―――議員たちはうなずいた、自らの正当性に迷いつつも彼らは選んだ。
議員として選ばれたとき、市民から期待されていた方針を貫くと。
ソルジェにもそれは伝わるし、ソルジェから嫌われる態度でもない。
『王無き土地』にある支配を拒む価値観は、放浪者となった亡国の竜騎士に届く……。
―――それもまた、老獪な議員たちは読んでもいた。
竜騎士ソルジェ・ストラウスについての情報を、彼らも集めていたからね。
顔の広さは情報収集には向くし、『プレイレス』を奪還した英雄の存在を知っている。
リヒトホーフェンを倒してくれないかと、とっくの昔に期待したのさ……。
―――『プレイレス』の奪還は果たされて、議員たちは夢見ていた。
自分たちの都市も解放される日が来ることを、願ってはいた。
そして、そう願いつつも警戒してもいたのさ。
議論好きの彼らは、密かな会議で話していた……。
「……私たちこそが、『ルファード』よりも先に貴方と接触できたなら、ここまで警戒することはなかったのです。そうなれば、理想的だったからですね」
「メダルドがいるポジションに、君らがいたと?」
「そう、なりますね。メダルド・ジーと同じか、それ以上に、貴方へ協力的だったかもしれません。私たちは、帝国貴族から迫害されていましたから。彼とは、違って」
「メダルドは、ボーゾッドに毒殺されかけた。それほど疑ってやるなよ。『人買い』も廃業すると誓っている。理解してくれ。オレは、メダルドを信頼しているんだ」




