第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九十四
―――深夜になっても、迷宮都市『オルテガ』は慌ただしい。
戦場で離ればなれになっていた戦士たちが再会するが、酒を酌み交わす暇はない。
捕虜となった帝国人たちを確保し、場合によれば収容する必要もあった。
帝国人捕虜のなかには、闇に紛れて逃げ出す者も出始める……。
―――南に逃げる帝国兵は見逃せと、ソルジェは指示を出した。
当面の敵に合流しないのであれば、逃がしてもいい。
連戦による疲弊は、勝利の喜びでも埋めきれないからね。
戦闘のための余力を、捻出しなければならない……。
―――逃げる帝国兵と戦う余裕が、『ルファード軍』にはない。
夜通しの工事も待っているからね、城塞の修復は重要事項だ。
『オルテガ』には弱点がある、この街は何度も支配者が変わってきた。
それだけ『襲われやすい土地』で、それを防ぐために城塞は必要だ……。
―――疲れ果てた体にむち打ちながら、戦士と職人たちの作業が始まる。
捕虜たちが反乱を起こさないように、にらみを利かせながらの仕事だ。
しかも、『オルテガ』と『ルファード』に少数ながらも敵が迫ってもいるなかで。
戦士たちは『ルファード』を心配する者も現れて、苛つきを隠せない者もいた……。
―――『ルファード』出身の人間族と、それ以外の亜人種たち。
両者のあいだにある溝は、完全に無くなったわけでもない。
それぞれの人種と立場の違いが、守るべき二つの町と迫る敵への焦りを生んだ。
メダルド・ジーの出番は、ここにある……。
「……不満の多い『ルファード』の戦士たちもいるだろうから、ちょっと愚痴を聞いてやってくる。ガス抜きしてやらないと、暴走しかねん」
―――リヒトホーフェンの屋敷を彼が調べに行かなかったのは、この仕事のためだ。
『ルファード』に直ちに戻りたいと願う人間族たちに、メダルドは近寄った。
故郷を守るために、『ルファード』へと向かいたい。
その気持ちメダルドにも痛いほど分かるが、優先すべきは城塞の修理だ……。
―――『オルテガ』で敵を足止めすることが、『ルファード』の守りになる。
それを説いて聞かせるべき状況だった、焦る者たちの心に余裕はない。
やさしく諭すリーダーが必要だよ、自分たちに共感してくれる者が。
『ルファード』の大商人であるメダルドは、この役目にうってつけだ……。
「……焦る気持ちはよく分かるぜ。オレも、ビビのそばに戻りたいが……今は、城塞の修理に専念してくれ。『ルファード』に迫る敵は、少ない。だからこそ、優先して『オルテガ』の守りを完璧にしなくちゃならない」
「だ、大丈夫だろうか?妻と子が、『ルファード』にはいるんだ……」
「『オルテガ』の連中だけに、任せておけばいいのでは……?」
「……そいつは無理だ。オレたちほどじゃないが、『オルテガ』の連中も疲れている。オレたちは協力し合う必要があるんだ。作業を分け合い、大きな仕事を成し遂げよう」
―――『オルテガ』市民を説得するのは、ソルジェの仕事だった。
戦闘の連続だったから、ガンダラはソルジェを『休ませたかった』のさ。
言葉を交わすだけでも、ヒトは疲れるものだけど。
頭脳労働と肉体労働では、疲労の質が異なるからね……。
―――ソルジェは土木仕事の方をしたがったけど、ガンダラの助言には従う。
誰よりも疲れ果てている者を決めるのは、とても難しい状況だけれど。
強敵と連続で戦い、魔力も体力も尽き果てているのは見て分かる。
肉体労働よりも、頭脳を使ってもらうべき状態だった……。
―――リヒトホーフェンの統治が始まる前に、選挙で選ばれていた議員たち。
『王無き土地』特有の政治指導者たちを呼び寄せて、ソルジェの仕事は始まった。
『英雄』に対して怯えた顔をしていたが、議員たちにも誇りと責任がある。
彼らはソルジェを見つめたまま、恐る恐る口を開く……。
「ど、どうか。お気を悪くなさらないで聞いていただきたい。る、『ルファード』から来た軍勢を、『オルテガ』に……そ、その、いつまで、配置しておくつもりでしょうかな?」
―――『王無き土地』は都市国家で、それぞれの都市の独立心は強い。
『ルファード軍』は、解放者となったけれど。
帝国に代わる新たな支配者となる懸念を、議員たちは抱いていた。
正しい懸念ではある、戦の勝者こそが『オルテガ』を奪い取ってきたからね……。
―――歴史はいつも繰り返される、ヒトは戒めを何百年も覚えちゃいない。
『オルテガ』市民たちは恐れている、『ルファード』に支配されることを。
ソルジェは、その誤解に対処しなければならない。
あるいは、歴史を踏襲することだって選ぶ必要があるかもしれないね……。
―――戦は政治と金のために起きるもので、今夜の戦も例外じゃない。
ソルジェと『ルファード軍』は、望めば『オルテガ』を支配できるんだ。
歴史がそれを許してくれるだろう、戦は利益と支配のために行うものだから。
ソルジェは統治者になる権利を主張する権利ぐらいは、勝ち取っているんだよ……。
―――もちろん、ソルジェは『オルテガ』市民ともめたくはない。
『オルテガ』市民を敵に回せば、『ルファード軍』は崩壊する。
それは敗北を招くことになるだろう、帝国軍の再侵略によってね。
『完璧な支配者として『オルテガ』を掌握すれば』、別だけれど……。
―――望めば、それも叶う。
『オルテガ』市民たちは、ソルジェとゼファーに畏怖を覚えているからね。
帝国軍に追放された議員たちよりも、新たな英雄を指導者に求めるかもしれない。
『王無き土地』の民は誇り高くもあるけれど、王侯貴族ほど歴史は背負わない……。
―――ボクはいくつかの権利を、クラリスからもらっている。
『自由同盟』に属する国家のリーダーたちは、認めているんだ。
ソルジェが『王さま』になることも、『奪った土地の統治者になることも』。
じつは『オルテガ』の王になることだって、選択次第でやれるのさ……。




