第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九十
苦笑するメダルドには、余裕を感じられた。
「『寄生虫』に『ブランガ』に……悪運があると言うか」
「……死に損なうのには、なれているのかもしれん。兄貴を亡くしたときにも、そう感じた。優秀だったからね。剣の腕も、アタマも……オレより上だった。親父にも、兄貴の方が愛されていたんだよ。ガキの頃、漠然と思っていた。オレの方が兄貴より先に死ぬと」
「死ななかったわね」
「……ありがたいことにな。ビビを、オレに残してくれた。あの子のために、死ぬ気で働いたし、今回もビビにしてやれることをし尽くして、死のうと考えていたんだが……」
「生きられた。幸運に感謝すべきよ」
「……そうしよう」
「私たちエルフとの関係も、変わるわ。『人買い』でないのであれば、共存だってやれるはずよ」
「……ああ。ジーの一族がしてきた事実は、消えん。だが、罪は背負うとしよう」
「それでいい。新しい関係のために、優先して欲しいこともあるわ」
「……避難は、受け入れるように指示を出しているよ。『ルファード』に、『南のエルフ』の避難民を受け入れる」
「ありがとう……はあ」
「……どうしたんだ?」
「長老たちは、ちゃんと避難してくれるかしらって……心配になった。彼らは、ガンコだもの」
「大丈夫だろう。キーヴィーの死を、彼の祖父もムダにはしない」
「そう、よね。神経質になり過ぎているかもしれないわ……」
「キーヴィーも、がんばったもん。あれだけ走らせたなら、帝国兵も疲弊しているはずだよ。逃げ切るのは、難しくない」
森の中での全力疾走だ。夏の草木に衝突しながら駆け抜ければ、全身が傷だらけとなる。キーヴィーは十分な貢献をしてはずだった。
「気変わりを起こさなければ、『ルファード』にまで逃げ切れるはずだ」
「そうね。信じたい。孫の死に、彼は応えてくれるはずよね……」
「……うちにいたエルフたちにも、護衛をつけて『ルファード』の南に出している。街を守るためでもあるが……彼らを誤解なく受け入れるための、交渉係としてな。出迎えてもらう」
「あら。気が利くんだ」
「……商売人にとって、気配りや根回しは大切なものなんだよ。まあ、正直に言わせてもらうが……君らの長老衆は、ジーの一族並みにガンコだろうから」
「言えてる。古い生き方に、受け継いでしまった風習に、支配されている。そういうのは、ときには居心地も良いし、全てが悪いモノじゃないけれど……新しい関係が、必要なときもある。今が、そのとき……変わらなくちゃならない。ジーの一族が変わったのならね」
「……ああ。オレたちの方からの説明も必要だろう。『ルファード』に来ることを、恐れる子供たちもいるだろうし、古老たちは……かつての因果に苦しむ。彼らは多くの悪夢を見てきたはずだ。オレが、直々に説得すべきだったが……」
「殺されるかもしれないから、会うときは私か『風の旅団』と一緒にね。間違いがないように、守ってあげる」
「……そうしよう。運良く生き延びた命だ。大切にしたい」
メダルドは胸をさする。前向きな意志を持ってくれたのはありがたいことだ。
「長生きしてもらわなければ、こちらも困りますからな」
「……ビジネス面でも、がんばるとするよ。パイプ役としても、頼ってくれていいぞ」
ヒゲの生えた口もとをニヤリと歪ませる。
「帝国との交渉をしてもらう必要がありますからな」
「……『オルテガ』に商館を構えていた帝国商人を見つけている。彼を、『オルテガ』に迫っている敵部隊との連絡係として派遣しようと考えているんだが」
「いいアイデアだ。オレが行くよりも、平和的に話し合いがやれそうだ」
「……アンタが行けば、敵の傭兵も興奮するだろうよ」
「だろうな」
「……女と子供を優先して、引き取らせる。これでいいな?」
「ああ。女子供を抱えれば、戦えん」
「……引き返してくれれば、いいが……そこまでは、甘くないか」
「備えてはおくべきだ。ガンダラ、地図と、ペンを貸してくれるか?」
「ええ」
ガンダラから地図を受け取ると、メダルドが肩から下げた袋から羽ペンを取り出してくれた。
「……商人らしいだろう?戦場でも、こんなものを持ち歩いている」
「助かるよ」
羽ペンを地図に走らせて、優先すべき工事現場を書き込んでいく。
「……何を書き込んでいるんだ?」
「あのね、壊れてる外壁についてだよ」
『『どーじぇ』のしじにしたがって、かべをしゅうりしてほしいの!』
「……そんな指示まで?……働き者だな」
「まあな。猟兵は、誰もが働き者なんだよ」
地図に書き込みを加えながら、情報交換にも励む。ワーカホリックなオレらしくね。
『ギルガレア』との戦いの顛末も、伝えた。
魔眼が強まるほど、悪神を呼び寄せるかもしれない……という予測もね。
「……神さまをも、呼ぶ力か……」
「団長には、喜ばしくもあるでしょうな」
「もちろん。だが……レイチェルが教えてくれた」
「リングマスターにとっては、悪神よりも『帝国軍のスパイ』を警戒しているようです」
「野生の勘だよ」
「りょ、猟兵の勘ですから。き、きっと、外れません。あ、あの、ボク……ボクに、そ、その!な、何人か、戦士を、貸してもらえないでしょうか!?」
……意外な申し出だったからね、一瞬、羽ペンの動きを止めてしまった。
だが。それも一瞬のことだよ。
オレは『パンジャール猟兵団』の団長だ。猟兵の成長には、喜びしか感じない。
「ククク!……ああ、いいぜ。ジャン。お前が、指揮してみろ」
「は、はいっ!!」
人見知りのジャン・レッドウッドが、自ら戦士たちを率いようとしている。こいつは、大きな変化だった。
ガンダラは、いつものポーカーフェイスだったけどね。それでも、オレには分かるよ。喜んでいた。
「ガンダラ、ジャンのための部隊を編成してくれ」
「ええ。十人ほど、用意しましょう。ジャン、貴方の思うように命じてみなさい。『帝国軍のスパイ』への対策を、彼らに命じてみるのです」




