第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八十八
馬を止まらせながら、笑顔のギムリはその背から転がり落ちるように地面へと降りた。
「おっと!?」
バランスを崩して、その場に膝を突いてしまったよ。
「大丈夫、ギムリちゃん?」
「ははは。ああ、ケガはない。ただし、スゲー、疲れたよ……っ」
長い戦いとなっている。オレよりも若いギムリの体力も、尽き果てようとしているわけだ。
ギムリは地面を拳で突いて、その身を起こす。
日焼けした肌によく合う白い歯並びを見せつながらね。
「まだまだ働くぜ!!正直、ルチアに負けたくねえんだよ」
その発言に、ルチアは反応していた。レイチェルの胸から顔を離すと、涙目を拭いながら若い巨人族をにらんでいた。
「勝ち負けとか、仲間同士で競うものでもないでしょうに。仲良くやらなきゃ、帝国には勝てない」
「そりゃ、そうだけどよ。でも、やっぱり、ライバルだって。敵対しているわけじゃなくて、手柄を取り合うようなライバル関係ってのは、戦力面でもマイナスにはならねえだろ?」
「物は言いようか……」
「お前は、ストラウス卿たちと空で戦っていたんだ。オレは、ストラウス卿の傭兵だっていうのに、そばにいられなかった。そいつは、やっぱり失点に感じるんだよ」
「ストラウス卿は、そんなことで評価を下げたりしないでしょ?」
「当然だ。ギムリは、よく働いている」
「うんうん。一番に、私たちのトコロまでやって来てくれたんだもんね!」
「へへ。評価してもらえるのは、嬉しい。こっちも、空での戦いについていけなかった分は、しっかりと働きたかったんだ。死人だって、出てるしな」
『そ、そうだよね。い、戦をすれば、死傷者はどうしたって……』
「出た。オレの幼馴染も、何人か死んじまった。『オルテガ』から脱出するために集まったとき、その被害を知った……」
「勇敢に戦ってくれたことを、誇りに思うぞ」
「……ああ。ストラウス卿にそう言ってもらえれば、浮かばれる。だけど、まだだよな。まだ、戦いは……続いている」
『守備』的な性格に生まれついたギムリらしい発想だった。汗を浮かばせた若い首は北東へと振り返る。迷宮都市『オルテガ』の城塞が見えるが、はるか北東の敵意に思考を巡らせてくれていた。
「……ストラウス卿、次の一手は、もう考えついているかい?あれば、ガンダラさんたちに届けるし、もっと具体的な指示があるなら、仲間にも伝えるぞ。それとも、まずは、みんなで相談するべきかな……?」
「すべきことは決まっている」
「さすがだ!それで、何だい?」
「投降した帝国兵と、その『家族』を、しっかりと確保する。人質として、使うんだよ」
「そう、か……このまま、連戦するよりも……交渉で時間を稼いだ方が、有効か」
「心理戦と情報戦にもなる。逃げた帝国兵もいれば、『カール・メアー』の尼僧たちもいるのだから。リヒトホーフェンの行いは、敵にも伝わっていく」
娘や孫のために選んだ道だったことは確かだ。その動機は、とてもヒトらしいが、戦士としても軍人としても、してはならない選択だった。
「リヒトホーフェンは自分が守るべき民を、死なせる選択をした。『カール・メアー』も襲い、兵士に虫けらを寄生させた。この事実を、広めてもらわなくてはな」
「帝国貴族が、つまりは、帝国を裏切った……って形なわけだ。そいつを、広める……情報戦ってのは、そういう戦い方か」
「ぶつかり合うだけが、戦いではない。帝国が、悪事を行ったのなら、広めればいい。迷ってくれたなら、それだけ敵も弱くなる。弱くなれば―――」
「―――こちらの死傷者も、減る」
ギムリにとっては、それこそが最も重視すべき点だった。幼馴染を何人も失ったばかりなら、なおさらのことだ。
……野蛮なガルーナ人としては、もっとシンプルに鋼を振り回して敵に突撃していきたくもあるが……大勢を背負っている。死傷者は、減らさなければならん。そうでなければ、勝てない。
「ギムリ、働きたがっているな」
「アンタからの仕事が、欲しいぜ!」
「仕事をくれてやろう」
「おう!命令してくれ!」
「ガンダラと戦士たちに伝えてくれ。空からもう一つの『オルテガ』が落ちて来る脅威は去った。捕虜をしっかりと取り、『オルテガ』の防衛体制を整えるとな!」
「イエス・サー・ストラウス!!……もう一働きするぜ!!」
汗をかいた馬を撫でながら、若い巨人族の身体が馬の背へと飛び乗った。
「ヒヒン!!」
訓練の利いた馬は、夜でもしっかりと走る。城塞内での戦いがメインだったおかげで、移動の疲れもいくらか回復していたのかもしれん。あるいは、『オルテガ』で見つけた馬だったのかもしれないな。
「……はあ。あいつ、働き者だなぁ」
「貴方に負けたくないんですよ。切磋琢磨し合うライバルとして」
「男って、馬鹿なのかな?」
「可愛らしいじゃありませんか」
「そうかしら?」
「もう少しオトナになると、分かりますよ」
「……レイチェル・ミルラがそう言うのなら、そうなのかもね。でも、今は、分からない。今は……今は、そうね。私も、仲間たちのために、すべきことをしたいわ。『ギルガレア』さまのためにも、泣いてばかりじゃ、いられないもの!」




