第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八十六
『ギルガレア』の言葉に、ミアが反発する。
「でも、おっちゃん。『ラウドメア』は倒したんだよ?」
『たしかにな。だが、それでもヤツの残した影響は、この大陸をいまだに蝕んでいる。お前たちは、すでに……再び『ラウドメア』の呪いに囚われてもいるのだ』
「え?」
赤い瞳を細めながら、『ギルガレア』は夜空の果てに融けるように消えつつある天の街並みを見つめた。
「『不滅の薔薇の世界』であれば、神々のあらゆる干渉は取り除けていた。だから、そこから遠ざかった今では、『竜騎士姫の名前』をオレたちは思い出せなくなったと」
「あ!……本当だ。教えてもらったはずなのに、竜騎士姫の名前のことを、私……忘れちゃってる!?」
『『うたくい』の、えいきょう……っ』
『その通り。ヤツは倒されて、消えてしまったが……その権能はいまだに残っている。お前たちにとって、大切な名前である竜騎士姫のことも、記憶にとどめておくことは不可能なままだ』
「そ、そんな。倒して、この世から消えてしまったのに……いつまでも、影響が残るなんて……」
「さすがは『侵略神/ゼルアガ』ということでしょうか。一度、『ゼルアガ』に歪まされた世界の理は、戻らぬこともあると……」
「……ずっと、なの?」
『永遠に続くか、あるいは、数百年の時が過ぎ去れば、その影響は薄まるかもしれない。しかし、現状では、お前たちの身に起きた出来事が何よりの説明となろう……』
「……うん。竜騎士姫の名前、忘れたくないのに……思い出せないよ。これ、嫌だ。すごく、苦しいし、腹が立つ。なに、これ……ッ」
ミアの言う通り、何とも不愉快な感覚だったよ。
我々にとって、大きな喜びであったはずなのに。
「……『影』ちゃんは、もっとつらかったよね。だって、あの子は、竜騎士姫の妹分だったんだもの……」
うつむく猫耳のある黒髪を、お兄ちゃんの手がやさしく撫でてやる。
「んー……お兄ちゃん……っ」
偉大なる竜騎士『影』はケットシーだ。だからこそ、ミアはより感情移入してしまうのだろう。オレの腰に腕を回しながら抱き着いていた。
「ず、ずっと一緒に戦って来たはずのヒトのことまで、お、思い出せなくなるなんて……とても残酷な呪いです。ひ、ヒトにとって、き、記憶って……とんでもなく大切なモノなのに」
「『不滅の薔薇の世界』でしか、私たちは『ラウドメア』の呪いから完全に解放されることはないということですね」
『現状ではな』
「それなら。もし、あそこに……また行けば……思い出せるのかしら?」
『思い出せるだろう。あそこはこの大陸ではないからだ』
「じゃあさ、おっちゃん。あっちの『オルテガ』を呼んでも、思い出せる?」
『残念だが、こちらの大陸に着陸させたとき、その力も消え去るはずだ』
「そうなんだ。じゃあ、いつか……また、絶対に思い出せなくなっちゃうんだね」
『……すまぬな』
「おっちゃんが謝ることじゃないよ」
『……神々は、この大陸を、歪め過ぎた……我々は、罪深い』
「『ギルガレア』さまは、私たちの願いや、祈りに応えて下さっただけです」
『……それでも、歪め続けてしまったのは事実だ。ソルジェ・ストラウスよ』
「なんだ?」
『魔眼の力を、お前はこれからも使い続けるだろう』
「帝国を倒すためには、必要な力だからな」
『使うほどに、力を強めるほどに、因果は強まる。自覚はあるか?』
「……あるぜ。初めて『ゼルアガ』と遭遇したのは、この左眼とゼファーの視界をつなげるようになってから、すぐにだった」
ゼファーと出会い、契約を結んだ。大きな変化と言える。魔眼にゼファーの魔力が加わったのだから。かつてよりも、はるかに魔眼の力は強まっていたのだろう。
『運命にさえも、神々の権能は影響を及ぼすのだ。『ラウドメア』が、竜騎士姫を求め、頼ったときから……彼女にまつわる力に、『ラウドメア』はつながった……『ラウドメア』を通じて、その他の神々ともな……我々の出会いも、この因果が作用しているのかもしれん』
「素晴らしい結果だな」
『……ハハハ!!』
首だけで『ギルガレア』は笑う。
『面白い男だ。とんでもない厄介事でもあっただろうに』
「物事には、多くの側面がある。オレは、お前のことは嫌いじゃないぜ。嫌な戦い方をされもしたが……ケガの功名だ。竜騎士姫と、アーレスの物語を知れたのだから。この事実は、オレたちをより強くする」
『……罪滅ぼしの一つには、なったか』
「なったよ。十分だ。トラウマをえぐりやがったことも、許してやるぜ」
『……油断はするなよ。お前は……いつか、呼び寄せるかもしれんのだから』
「安心しろ。とっくの昔に、『ゼルアガ』どもは、もう何体も倒している―――」
『―――『それ以上の存在』をもだ』
ああ。
背中に電流が走ったよ。
「……そんなモノが、いるのかい?」
『これほどの悪い報せを受けても、嬉しそうな顔をするか』
「ククク!ああ、そうだよ。竜騎士姫の物語に触れたことで、理解しているはずだ。ガルーナの竜騎士ならば、この笑顔は当然だろう。強い敵には、本能的に焦がれるように生まれついているのだから」




