第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八十五
―――『ラウドメア』は滅び去り、ガルーナの民は大いなる歌を獲た。
歓喜と共にアーレスの名を讃える、竜騎士姫にまつわる記憶の多くを失ったが。
アーレスという名の響きに、彼女を感じられる。
山ほど大きな悪神を滅ぼした者たちの歌は、後世まで長く継がれた……。
「アーレスは、思っていた通りのすごい竜だったんだね!」
『うん。あーれす、あくかみを、たおした!……みんなのちからも、かりていたけど。たいようみたいに……おおきな『かきゅう』なんて…………ぼくも、そのうち……ッ』
「良い影響を若手たちに与えられそうで、何よりですわね。それに、リングマスターも、失われていたはずの歴史を知れました」
「ああ。竜騎士姫については、『歌喰い』のせいで伝えられていなかったからな。何とも、得難い経験となったぞ」
―――悪神は去り、北方諸国はいつもの日々へと戻っていく。
野心的な王たちが立ち上がる、戦いで疲弊したガルーナを狙わないはずもない。
『ラウドメア』のために組まれた即席の同盟は、すぐさま失われたのだ。
ガルーナの若王が軍隊を再建するまでの間、アーレスは多くの戦の空を飛ぶ……。
「……『ラウドメア』がいなくなっても、戦いは続いたのね」
「北方諸国らしいだろう。戦がない土地で、竜騎士の伝統が長く続くはずもない!」
「生き生きした顔になるのね。そういう歴史が、ストラウス卿たちを強くしたんだ」
「ガルーナ人は、野蛮な北方人なのだよ」
―――竜騎士姫の忘れ形見である双子を育てつつ、『影』の乙女も空を舞う。
アーレスと共に数多の戦場を飛び、一度たりとも敗北はない。
あらゆる戦において、いかなる強敵にも勝利を続けた。
竜騎士姫に代わり、奪われた竜乗りの技巧と知識を創り直していく……。
「……そんなに、すごかったのに。どうして、『影』ちゃんの歌はないの?」
『そーだよ。どーして、ないの?』
「う、『歌喰い』の影響は、彼女にはないわけですよね?」
「望んだからさ」
―――長い戦いの日々を、『影』は過ごしていく。
戦場でアーレスと共に飛び、双子たちを『教師』として育てた。
竜騎士の戦術と装備も改善し、竜騎士団の力を強める。
何年も何十年も、彼女はストラウス家に尽くした……。
―――名誉と実績は高まったが、彼女は自らの名前を封じるようになる。
「どうして、そんなことをするの?」
双子たちの問いに、彼女は微笑みながら応えた。
「ウフフ。私は、お姉さまと『一緒』がいいのですよ」……。
―――彼女が選んだ道である、仔竜ザードがその名を捧げたように。
彼女もまた自らの名を、竜騎士姫の伝説に捧げることを選ぶ。
「私は、お姉さまの『影』なのですよ。これこそが望みなのです」
双子は師の歌を残したがったが、彼女の意志を尊重することにした……。
「……だから、『影』ちゃんの名前は残っていないの?」
「忠誠心や愛情の形は、人それぞれにあるものですから。『影』にとっては、この形が望ましかったのでしょう」
「うーん。知りたかったな、その子の名前も……でも、その子がいたことが分かって、良かった!」
「覚えておくとしようぜ。竜乗りの技巧の系譜だ。意識することで、得られるものも増えていくだろう。ケットシーであるミアは、とくにな」
―――長い時が過ぎていき、やがて『影』もこの世を去った。
アーレスは自らの子や孫たちと共に、多くのストラウス家の竜騎士と飛び続ける。
数多の歌が生まれて、戦場に多くの命が散っていく。
血に染まり血が継がれ、時間が流れていった……。
―――すべての命に限りがあるように、すべての王国にも限りがあった。
ガルーナ王国と竜騎士姫の竜アーレスにも、終わりの日が訪れる。
東の大国と、裏切りの同盟国の手によって。
ガルーナの歴史は、その日に終わる……。
「……屈辱の日だぜ。バルモアも熊野郎どもも、ユアンダートとファリスも、許しはしねえからな」
―――ストラウスの血を継いだ最後の竜騎士が、左眼を失い戦場で倒れ込む。
アーレスも死に瀕した、終わり方を選んだ。
止まりゆく若い竜騎士の心臓に、遺った全ての魔力を捧げる。
『……竜騎士姫よ。この左眼を、返そう』……。
「お兄ちゃんに、くれたんだね」
「……ああ。命も、左眼も……」
「あ、アーレスと……りゅ、竜騎士姫からも、いただいたんですね」
「なかなか、因縁深いプレゼントだよ」
知らなかったことを知れた。アーレスが、『ザード』という名を持っていたことも、『影』であることを望んだケットシーの英雄がいたことも、竜騎士姫の戦いも……知らなかったことを多く教えてもらえた。
ルチアに抱えられている『ギルガレア』の首を見たよ。
「ありがとう、『ギルガレア』。死の間際に多くのことを教えてくれて」
赤い目がこっちを向いた。空の果てに遠ざかる、もう一つの『オルテガ』から視線を下ろしてくれたのだよ。
すっかりと疲弊し切っていたし、その輪郭は……虚ろとなっている。消え去ろうとしているのに……長い語りをしてくれた。
『『不滅の薔薇の世界』は、不完全ではあったが……神々の干渉を、跳ね退けていた。お前たちの心を覗いた過程で……竜太刀に眠る竜の記憶も読み解けた……伝えるべきは、今このときしかあるまい』
「感謝する。忘れ去られた物語をも、オレは継承した」
『そうだ。学べ……より多くを知るといい……お前に、託したのだからな……救ってやれなかった者たちを……より多くの弱い者たちを、お前に救ってもらうために……力が必要だ』
「空に浮かぶ城塞は、もらうぞ」
『ああ……竜太刀を掲げて、呼べばいい。お前の望みのままに、顕現してやろう……だが、悪神との戦いにも、備えておけ……『ラウドメア』に喰われた者との絆が、お前は深すぎるのだ』
「この左眼の『おかげ』で、悪神と出会いやすいと?」
『そうだ。お前がその魔眼の力を使うほど、強めるほどに……因果は深まる。祝福でもあり、呪いでもあると認識するがいい』




