第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八十一
『……あーれすは、そばに……いたんだ』
「自分の名前を、変えたのですね。竜騎士姫を覚えておくために。彼女の名残りを持つ名前に変えた……」
「それだけ、竜騎士姫のことが大切だったんだね。竜にとっても、名前って、大切だもん。自分の歌が残るためには……アーレスは、本当に、心の底から。竜騎士姫のことが、大好きだったんだね」
「……竜騎士姫に仕えた、紳士な竜か。アーレスよ。何とも、お前らしい」
―――祝福はつながった、最強を求める本能に逆らって。
自らの名誉だけを求めることはせず、黒い仔竜は名前を捨てて受け継いだ。
竜騎士姫の名を継ぐことで、『歌喰い』の権能にさえ逆らう。
後悔することは一度もない、このときよりガルーナで最大の歌はアーレスとなった……。
―――仔竜アーレスは長い首を振って、涙を北の風に払い捨てる。
金色の双眸は健在だ、竜騎士姫から『戻してもらった』。
魔力は回復してくれる、完璧でなくとも十分だ。
空をにらみつけ、あらゆる歌が還るべき場所へと猛りを放つ……。
『GHAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
―――血が湧き立って、迫るべき敵を待つ。
大地の底でうごめく『ラウドメア』も、気づいているのだ。
竜騎士姫は死んだとしても、まだアーレスが地上に君臨している。
爪で大地を切り裂くように握りしめ、世界で最も怖い顔で待ち受けた……。
―――『ラウドメア』は地上へと向かい、動き始める。
全ての力をかき集め、奪い取ったあらゆる歌を使い。
ガルーナの竜を滅ぼすために、地上へと向かった。
勝利を確信している、たった一匹残った敵ごときと軽んじる……。
―――だが、アーレスだけではない。
地上にいたのはもう一人の英雄、歌となることを自ら拒んだ竜騎士姫の『影』。
双子を預けられていた、ケットシーの乙女。
主と共に、竜乗りの技巧と知識を紡いだ謳われぬ英雄……。
「……ケットシー?誰……?」
「オレも知らん。竜騎士姫の『影』……か」
「そ、そういう方もいたんですね」
「生まれたばかりの双子を預けるとは。竜騎士姫が、誰よりも信頼していた『腹心』ということでしょう」
―――「お姉さま、お姉さま!!……待っていてください、今すぐ行きますから!!」
乙女は泣きながら、雪の積もった道を駆けている。
『歌喰い』の力に、大切にしていた記憶を奪われながらも。
涙をぬぐい捨てながら、思い出せなくなった主のことを探した……。
「……『歌喰い』のせいで、竜騎士姫のことを……この子も、思い出せなくなっているんだ……っ!!ひどい……ひどいよ、『歌喰い』って、本当にサイテーだ!!」
「ええ。かわいそうに。愛する者の名前さえ、覚えておくことがゆるされない。体が裏返るほどに、叫びたくなったでしょう」
『……うん。きっと、すごく……さけんでいた』
「か、悲しいですね。こ、こんな悪神は……本当に、最悪です……」
―――黒髪を振り乱しながら、『影』はその場にやってくる。
捨て身の墜落により穿たれた、大地の長い傷跡の果て。
仔竜アーレスが座して待つ、竜騎士姫が消えた場所。
愛を求めて来たが、それだけではない……。
「だろうな。彼女が、ガルーナの英雄と言うのであれば。戦士であるのならば。ストラウス家を守るべき使命のために、戦うためにやって来たのだ」
「ザードが……ううん。アーレスが、地上に激突したとき、気づいたんだね。自分が『最後の砦』になるかもしれないって……ザードと、竜騎士姫が、どっちも死んじゃうかもしれないって……」
「双子を預かっていたのです。彼女こそが、ストラウスを守る最後の忠臣……」
「……竜や竜騎士姫を倒したかもしれない悪神に、彼女は……ひ、一人で、立ち向かう覚悟をしていたってこと?……真似、出来ないわ……」
―――「ザード!!ザード!!思い出せないんです!!」
「お姉さまの顔が……声が……名前が……っ!!」
「どんなことをしていただいたのか……わ、忘れているんです!!」
「忘れるはず、ないのに!!忘れて、いいはずがないのにっ!!」
―――『……オレの名前は、ザードじゃない。アーレスだ』
「……アーレス?……しゃべり方も……どうして、変わっているのです?」
『あいつの名前を、オレが背負う。あいつの歌は、オレの歌となる』
「…………お姉さまの……名前…………っ!!」
―――聡明な猫は気づくのだ、仔竜のしたことの意味を。
「……ああ。アーレス……たしかに、お姉さまの、気配がします……っ」
『オレが歌われたならば、あいつも歌われる。この名こそが、オレたちだ』
「……はいっ。ガルーナで、最も大きな歌となってください……っ!!」
―――竜騎士姫の『影』は、牙を見せるように笑う。
奪われていく記憶のなかにいる竜騎士姫とそっくりな、戦いのための笑みだった。
『影』を二つの双眸で見つめながら、仔竜アーレスは求める。
『……オレの背中に、乗れ』
「……えへへ。この子も、やっぱり、竜騎士なんだね!!」
「ケットシーの、竜騎士か。竜騎士姫の、相棒……」
『なんだか、みあみたいだね』
「だよね。私も、そう思う。がんばれ……相棒さん!」
―――「無理だわ!!……だって、私は……お、覚えていないもの!!」
「お姉さまと、作ったはずの技巧も……知識も……竜乗りの方法は……っ」
「ぜんぶ、お姉さまといっしょに作ったんだから!!」
「だから、だから……おぼえていないの……っ」
「大丈夫さ―――」
「―――大丈夫だよね」
「竜乗りの技巧と知識は―――」
「―――血が覚えているんだもの!」
―――『乗るがいい。怖がらずに、乗るんだ。オレと共に、戦ってくれ』
「ザード……ううん。アーレス……あなたが、そんなことを言うなんて……」
『……認めよう。『ラウドメア』という敵は、強い。オレだけでは、勝てん』
「……っ!!それを、認められるように、なったのですね……っ」
―――『そうだ。オレは、オトナになったんだ。ガキのままではいられん』
「……ええ。お姉さまも、もう……今は……いないのですから」
『そのとおりだ。だが、オレは、一人じゃない。ストラウスの竜騎士は、まだいる』
「…………はい。私が、お姉さまの代わりを、務めさせていただきます」
―――記憶は失った、知識を失った。
それでも、『歌喰い』に蝕まれない本能めいた感情があった。
仔竜ザードの背に、『影』は飛び乗る。
感覚さえ忘れているが、それでも血と肉と骨に刻み付けた経験が踊った……。
―――腰を低くし、前かがみになる。
竜の背に密着するようにして、竜の感覚の全てと一つに融け合った。
感じ取るのだ、倒すべき敵の気配を。
大地は揺れて、その奥底から邪悪は来る……。
―――「……来ますよ、アーレス。地面が、怖がるみたいに震えている」
『そうだな。あいつも、怖がっているんだよ』
「……フフフ。そうですね。だって、あの悪神は……」
『このオレたちと、戦わなければならんのだからなあッッッ!!!』




