第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その七十八
「……ザード、だと?」
「竜騎士姫と一緒に『ラウドメア』と戦ったのは、アーレスじゃないの?」
「いや。アーレスのはずだが……何かが、違っているのか?『ラウドメア』の『歌喰い』の権能で、竜騎士姫にまつわる情報や記憶が、消されてはいるのだが……」
「『ギルガレア』さまは、まだ語られているわ。続きも聞けば、きっと謎は解決するはずよ」
―――竜騎士姫と仔竜は、凍てつく冬の風を頼って最後の敵を追いかける。
仔竜は知っていた、その鋭い知覚が教えてくれるのだから。
竜騎士姫は弱っている、あの闘争本能に燃える血が冷えて体温が下がっていた。
出産と遠征と戦闘が、体力も魔力も奪い取っている……。
―――ストラウスの血を絶やすことにのみ集中した悪神の翼は、速かった。
竜騎士姫と翼将のあいだに生まれた双子のにおいを、嗅ぎ取っているかのように。
迷いなく真っ直ぐに飛び、追いつくためにはこちらも全力が必要だ。
速く飛ぶほどに、空は冷たく竜騎士姫の体温を奪ってしまう……。
―――仔竜は歯ぎしりをした、雄々しき竜たちの頂点に君臨する者には不似合いだ。
こんな感情を抱くべきではない、竜は迷わずに戦いに没頭するべきなのに。
竜騎士姫は体の動きで告げるのだ、もっと速く飛べと。
心がぐしゃぐしゃになって、裂けてしまいそうだ……。
―――双子たちの命も大切であり、竜騎士姫の命も大切だった。
仔竜は変わってしまっていたのだ、荒ぶるだけの野生の魂はかつてのもの。
竜騎士姫との交流がヒトとのあいだの絆を紡ぎ、今では破壊と恐怖の化身ではない。
竜の本能に従い、全ての竜を滅ぼすだけで良かったはずなのに……。
―――ガルーナ王国のために竜騎士姫と戦って、多くの者たちから感情を捧げられた。
武勇を褒められて、守ってやった者たちからは心からの感謝を得る。
敵からは恐れられ、殺した強敵の血筋からは恨みと復讐をぶつけられる。
戦いの果てに多くの歌を得た、どれもが歴史に残るほどの巨大な歌だった……。
『……『ざーど』は、かわったんだね』
「野生の竜ではいられない。竜騎士姫と共に、ガルーナのために戦い抜いた。ストラウスの血とも絆を結んだ」
「民からも称えられているわけですね。野生の心のままではいられませんわ」
「『ざーど』は、竜騎士姫を死なせたくなかったんだ。きっと……ママを感じてる」
―――彼女は最強の竜騎士であり、母親だった。
双子をその腹に宿してから、しばらくのあいだ共に戦うことはなかったが。
仔竜にとっては、母親となった彼女はそれまでとは違っている。
鼻先を撫でる手が、やさしくなっていた……。
―――誰よりも野心家であり、誰よりも強く恐ろしい戦士なのに。
こちらも共喰いにより、旧い竜の血を滅ぼすために生まれた竜だ。
狂暴な二匹の獣であって、互いよりも強くなろうと必死である。
弱くなったことは軽蔑に値するはずなのに、今はかつてよりも愛おしい……。
―――母竜の姿を奪った悪神をにらむ、仔竜は怒りと焦りに苛立った。
白い竜の似姿はあまりにも速く、それに追いつくためには全力は必至。
迷うべきではないのに、迷いそうになる。
だが彼女は伝え続けるのみ、「もっと速く飛んでもかまわんぞ」……。
―――歯ぎしりをしながらも、仔竜は選ぶ。
戦士としての正しさを、とっくの昔に彼は学んでいるのだから。
自らのために戦うのではない、誰かのために戦うことが正しい。
竜騎士姫が、その戦いだらけの人生で示して教えていた……。
―――漆黒の翼が大きく開き、力を満たす。
北風を受け止めながら、加速していった。
『……だきつけ。そっちのほうが、はやくとべる』。
「やさしくなったな、ザード。お前の体温を、私にくれるつもりか」……。
―――抱き着かれながら、その小さく弱りつつある体温に安心を覚える。
『おれは、よわくなったのだろうか……?』。
「違うよ。それは強さを得たということだ。お前は、かつてよりもはるかに強い」。
『おまえ、よりもだろうか』……。
―――「私は、まだまだ負けないさ。お前の左眼を奪った女だぞ?」
『……ふん。おれは、あのときよりも……ずっと、つよくなっている』
「示してくれ。私たちの契約が、多くの敵との戦いが、歌が、作った力を」
『……いわれるまでもない。おれは、『ははおや』なんかにまけない』……。
―――仔竜ザードの金色の隻眼が、母親の姿を真似る悪神をにらむ。
翼はより速くなり、敵との距離はどんどん縮まった。
迷いは消える、戦士として正しいことをするのだ。
竜騎士姫は笑い、彼女もまた敵をにらみつける……。
―――知識でガルーナの空の風を読み、技巧で仔竜ザードの羽ばたきを助けた。
悪神の予想をはるかに超えた速度となって、二人は邪悪な翼跡に追いついた。
「全速力で、ぶつかれ!!」。
『あたりまえだ!!こいつを、ぶっころしてやるッッッ!!!』……。
「……特攻する気だ。他に、何も考えていない。そうじゃないと、追いつけないから」
『……うん。ぜんそくりょくで、ぶつかりあう』
「そ、空で、そんなことしたら……し、死んじゃいませんっ!?」
「死ぬ気で、やるのさ。『ラウドメア』を仕留めるには、それしかなかった」
―――ガルーナの風が重なって、二人に力を与えてくれる。
彗星のような速度を帯びたまま、その距離は狭まった。
悪神は計算している、『歌喰い』で集めた知識が教えている。
地上に墜落するような真似を、気高い竜がするはずがないと……。
―――竜騎士を守ろうとするのが、ガルーナの竜だ。
墜落死させることを嫌い、罪だと理解している。
戦って死ぬのではなく、地面に激突しての死など恥でしかない。
『だから、お前らは、絶対に速さを緩める!!そこが……そこが』……。
「……逃げるための絶好機だと、予想していたか。『ラウドメア』め。ストラウスの血への理解が浅い」
「うん。そういう戦い方はしない。本当に、大切な人たちのためなら……家族のためなら、死ぬことだって、恐れないんだ」
『『ざーど』は、『まーじぇ』のねがいをかなえている』
「……彼が殺した母竜も、母親ほどに大切な存在となった竜騎士姫も、願いは同じですからね。守るべきを、守るのが……ガルーナの竜」
―――悪神の合理的な計算は、ストラウスの本能に壊される。
仔竜ザードは噛みついて、竜巻のように悪神を振り回した。
竜騎士姫も身を投げるように動き、竜巻の回転に更なる鋭さを加える。
逃げ出す隙も無いほどに、荒々しい捨て身の攻めであった……。
―――『どうして!?どうして、だ!!どうして、離さないっ!?地上は……』
すぐそこだったが、竜騎士姫は仔竜に命じる。
「もっと噛みつけ、絶対に逃がすな!!このまま、地上に叩きつけてやれ!!」。
そうなれば、どうなるかを二人は知っている……。
―――迷うことはない、二人も疲れ果てているのだから。
これは最後にして唯一の勝機であり、これを逃せば双子は殺されるかもしれない。
それは敗北よりも罪深い悲しみであって、戦士として果たすべきは必勝である。
死ぬ気で敵を殺すのだ、愛すべき者たちを守るために……。
―――落ちていく、落ちていく。
荒々しい速さと、目まぐるしい回転に敵味方なく縛られながら。
悪神は理解不能なまま、叫びを上げる。
『死にたくない、死にたくない!!怖い、怖い!!』……。
「くたばれ、『ラウドメア』!!お前は、ここで、私とザードが倒す!!」




