第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その七十四
「『歌喰い』という権能により、生まれてもいなかったことにされるなら、その子供たちも消えてしまう危険があったわけですね」
「ち、父親の方の死体から、『ラウドメア』はおびえて逃げた。だ、だから、『歌喰い』の力に影響されなかった……で、でも。死体になっても悪神を退かせられるなんて、さすがは団長のご先祖さま……っ」
「見習わなくちゃね!」
「なかなか、真似をするのは難しそうだけれど。戦士としての理想ではあるわ」
―――また一人、英雄が歌となった。
ガルーナの戦士たちを、翼将の死は勇気づけた。
勇猛さに火がついた戦士たちは、疲れ果てた体を悪神へと走らせる。
英雄の歌が喚起する力の大きさを、悪神の心はようやく理解した……。
―――自らが喰らい、消し去り続けた力の大きさに恐怖を抱く。
死さえも越えるような力が実在し、失われたはずの力を蘇らせるものがある。
奪い続けた歌という力の本質を、その英雄の死が教え込んだ。
エサとしていたものが、脅威であることに気が付いてしまう……。
―――エサだから喰らっていたが、この瞬間からは違うのだ。
歌を喰らい続けなければ、歌に負けるかもしれない。
この強大な力が帯びた敵意は、『ラウドメア』に注がれているのだから。
エサから敵となったとき、悪神の心は不可逆の変質を強いられる……。
「歌に怯えたんだね」
「認識が増えることで、分からなくなることもありますから」
「ら、『ラウドメア』は、ヒトを学んでしまった……?」
「戦闘というものは、コミュニケーションだからな。望もうが望むまいが、戦い合う互いに影響を及ぼす」
―――圧倒的な力を有していることには変わりなく、優勢のままだ。
それだけに、自らの心に生まれた恐怖が許せない。
恐怖を否定して、『戻らなければならない』と考える。
神としての尊厳に関わることであり、この不自由な劣等から解放されたかった……。
―――戦士たちを消し去るために、自らを取り戻すために。
荒ぶる『ラウドメア』は、戦士たちに次々と死を与えていく。
歌に狂った戦士たちであったとしても、無限の体力が与えられるわけではない。
滅びの怒涛に軍勢が呑まれていき、『ラウドメア』は自信を増やしていった……。
―――子を産んだばかりの竜騎士姫は、双子をその腕に抱きしめる。
してやりたいことは多くあり、共にしたいこともいくらでもあった。
ちいさな口たちに乳を与えて、そのおでこに母親のキスも与える。
寒くないように毛布へとつつみ、腹心の女に双子を託した……。
「……竜騎士姫、赤ちゃんを産んだばかりなのに、戦いに行ったんだね」
「何とも無謀なことですよ。出産したばかりで、悪神と戦うなどと」
「それでも、するしかなかったわけね。戦場では……旦那さんも亡くなってしまった」
「アーレスも、『耐久卵の仔/グラート・ドラゴン』だ。つまり、弱体化した群れの竜を殺している。竜と竜騎士の頭数も減っていた。竜騎士姫に頼るしか、道は残されてなどいなかったのだろう」
―――黒い仔竜は、不満でもあった。
出陣するならば自分だけでも戦える、悪神の一匹や二匹は倒せるはずだと。
守ってやるために残っていたのだ、翼将からも頼まれていたのに。
それでも戦場へと向かおうとする竜騎士姫に、満足するはずもない……。
―――仔竜と竜騎士姫の契約の始まりは、仔竜が強くなるためにあった。
ガルーナの他の竜たちを喰い殺しながら、最強の力を目指すことこそ彼の本能。
竜騎士姫の技巧と知識を『喰らう』つもりで、その契約は成ったに過ぎない。
契約の際は伝統に則り殺し合った間柄だ、左眼さえも彼女に斬られて失った……。
「……あ。お兄ちゃんと、いっしょだね」
「そうらしいな。しかし……アーレスは、どっちの眼もあった…………ああ、そうか」
「ど、どういうことでしょうか?」
「『歌喰い』の力を、逆手に使う方法もあるということですよ」
―――血生臭い縁であり、たんに利用し合うだけの関係のはずだった。
しかし、その契約はいつの間にか変わっている。
竜騎士姫を喰らう気など、とっくの昔に消え失せていた。
ちいさな双子たちのことさえ、心配でたまらない……。
―――仔竜も多くを学び、変わってしまっていたのだ。
それは竜騎士姫も同じこと、母親になることで変化は深まってもいる。
疲れ果てて弱くなってもいるようだが、空のように青い目に宿る光は強い。
不機嫌そうに牙を剥く仔竜の背に、彼女は軽やかに飛び乗った……。
―――仔竜は自らだけで行きたくもあったが、結局は受け入れる。
母竜を自ら殺めたことを思い出しながら、母となった者を背に迎えた。
母竜は強かった、少なくとも自分の殺してきた他の竜たちの誰よりも。
「お前の母になってやろう。なでて、抱きしめてやるぞ」、母の温もりを仔竜は知った……。
―――冷たい雪が降る空へ、『歌喰い』の悪神が待つ北へ。
仔竜と竜騎士姫は向かい、飛び立った。
母となった者は、高い場所から故国を見下ろす。
自らが守って来た王国の隅々までを、微笑みながら瞳に映すのだ……。
―――「私たちだけが助かるのでは、足らないのだ」
「ガルーナと、そこに住む民たちを守らねばならん」
「皆が『ラウドメア』に怯えている。殺されるのではないかと、震えているだろう」
「そんなことは、私とお前が許さない」……。
『……『まーじぇ』』
―――ガルーナで最も大きな歌を持つ者は、大いなる母性を獲得した。
あらゆる敵に恐れられた彼女と、同族さえも喰い散らかす悪しき凶竜。
血にまみれた二人が、その空のなか。
ストラウスと竜らしく、同じ貌で北をにらみつける―――。




