第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その七十
物語は語り継がれるだろう。『ギルガレア』は、とっくの昔に普遍なる歌なのだよ。アーレスよりも年寄りの神さまだからね。
『ソルジェ・ストラウスよ』
「ここにいるぞ。まだ、見えるのか?」
死の淵を転がり落ちている途中だ。神さまでも、首だけにされてしまえば、その権能も失ってしまう。神さまも含めて、誰もが有限の命しか持ってはいない。
赤い目は、わずかながら動いて、オレの姿を確かめた。
『かすみはしているが……見えているぞ。まずは、見事だ。罰を与える罪科の獣である私に、勝利してみせるとはな……』
「そちらには迷いもあった」
『……見抜くか』
「他者の願いのために、自分を捨てた。お前を、言い表す方法は、何ともたやすいものだ。やさしい神さまだったぜ。自称・他称の神さまどもと戦って来ちゃいるが、お前ほど、信徒のために必死だった者はいない」
『……誇りとしよう』
「よく背負い切ってみせた」
『……神だからな。してやれることがあった。我が半身への祈りであったが……いや、それも含めて、自分自身である』
「見習うとしよう」
『……王となるのだからな。故国の、王となるのだろう?』
「ああ。遠からずに、ガルーナを取り戻す戦いを始める。王になり、ガルーナを復興させるのだ。そのときは……民の願いや、祈りを背負える王となるぞ」
『……多くを背負うほどに、ある意味では不自由にもなるだろうが、それは満ち足りた選択だ。豊かな国を、創ってみせるがいい』
「あの世で見守っていてくれ。『孤独』な者の少ない国を創るぞ。亜人種の妻を持つオレらしくな」
『……成し遂げるがいい……それを、約束してくれるのであれば……我は、我々は、実現できなかった世界を、お前に託せる』
「託す……?」
『レイチェル・ミルラが、教えてくれたのだ』
「レイチェルと、話していたな」
『……彼女は、有能な瞳を持っている』
「ええ。『人魚』で、芸術家なので」
「……芸術は、オレたちの知らない『真実』を教えてくれるものだからな」
「その通りです。私は、『真実』しか求めません」
その言葉が持つ厳しさに、ジャンはビクリと体を揺らした。
「す、すごい、覚悟です……よね。逃げない……って、ことですよね?」
「ウフフ。『真実』というものは、覚悟も求めますから。でも、逃げないことは、自然なことでもあります」
「し、自然、ですか?げ、芸術とかは、ボクには、ちょっと難しいので、わ、分かりかねますけれど……っ」
「自分に素直でいるということです」
「そ、それは……分かります。嘘を、つかないって、こ、ことですもんねっ?」
「ええ。『ギルガレア』も、ようやく素直になれたのです。滅びるそのときにならなくては、素直になれないのは、とてもマジメですね」
そういう不器用な者が、きっと、レイチェル・ミルラは嫌いじゃない。
アメジスト色の瞳と微笑みが、神さまの首を見つめる。
「貴方は惹かれていたのですね。偽りではなく、現実の世界に……あの悲しい死者たちの嘆きに報いてくれる王に」
『……お前に、託してやる。死者と語る力があるのであれば……我々が創り上げた不完全な『世界』を託す』
「……あれを、くれるというのかい?」
空を見上げた。何処かへと去り行こうとしている、もう一つの『オルテガ』がある。
『死者たちの楽園には、なれなかったが……あの『場』は、遺せる。呼び出すための力を、お前に授けてやろうというのだ』
「あの街を……呼べる、のか」
思ってもいなかったプレゼントだ。神さまから遺産を譲渡されることになるとはね。
『現実に、孤独な者たちを受け入れてくれる王国を創ろうという王の、『力』となってやりたい。だが、くれてやれるのは、あれだけしかない。どう使うかは、お前次第となる。作戦を考えるのは、得意だろう?』
「ああ。空に浮かぶ街を、好きな場所に呼べるのであれば……帝国の想像を超える戦術も可能となる」
……迷宮都市とまで呼ばれるほど、戦闘に特化した街並みだからな。
「あれを、前線基地として呼べると?」
『それも可能だろう』
「……敵陣に、落とすことは?」
『崩壊するが、敵の大軍も巻き添えに出来るかもしれんな。素早く逃げられたなら、ただ闇雲に瓦礫を量産するだけになる』
「そういう使い方は、もったいないよね」
「ああ。やめておこう。だが……心が、踊るぜ。空を飛ぶ街を、使える……か!」
「と、とんでもない力ですよね?ど、どういう使い方があるのかは、ボクには想像することも、む、難しいんですが……っ」
『……力は……あった方がいいだろう。お前は、神々と……多く、出遭うのだから』
「帝国だけでも厄介だが、そういう傾向もある」
『……半身を取り戻して、見えたものもあるのだ。帝国とやらには、我が半身から分かたれた蟲の力を使いこなす者たちも属している』
「『ゴルゴホ』たちや、『帝国軍のスパイ』どもか」
あいつらだけじゃなく、ユアンダート側とは敵対していたはずのレヴェータも、古い悪神の力を得ていた……。
『神々の力を、お前の敵は使うのだ……我らの祈りと願いの骸も、持っているといい。力は、力と引き合う……お前の敵は……追い詰められれば……手段を、択ばなくなるだろう』
「神々の力を、ユアンダートも、使い始める……か」




