第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六十九
……オレたちの歌になる文化というのは、敗者も受け入れることだ。敗北は罪深いが、勇敢であり正しい者が戦い合うことも多い。どちらかが負けてしまうが、それが悪というわけではない。
ゼベダイ・ジスは、歌となるに相応しい戦士であったよ。
ミアが加速し、鋼を交差させる。神速の突撃から繰り出される十字の軌跡が、歌へと誘う死を描く。ゼベダイ・ジスの滅びかけていた体が裂かれ、その肉体は黒い焦げが朽ち果てるように崩れ去った。
空を見ていたよ。
空の果てにあり、遠くへと去り行くもう一つの『オルテガ』を見つめながら、『家族』への忠誠と愛情のために死んだあとも戦い続けてみせた男は、歌へと還る。
鋼を大きく左右に開いて、ミアは戦士のための微笑みを使った。
「さあ、私の影に、お出で」
崩れ去った男から、ちいさな影がミアの足元へと向かって走る。その影は、とてもちいさくて、ゼベダイ・ジスのものではない。どうやら、ミアは……あの子を、誘ったようだ。産まれる前に、死んでしまったあの子を。
「……しばらく一緒にいよう。私と一緒に、世界を感じればいい。パパとママに、伝えてあげて。この戦いの結末を」
さすがは、兄妹だよ。ミアもオレと同じように死者の力を呼べるようになった。当たり前か。オレよりも純度の高い猟兵であり、ストラウスの竜騎士の一員でもあるのだから。
ガルフが見れば、とても喜んだろうよ。ガルフの分も、オレが喜んでおくことにしよう。
「う、歌属性を……ミアも、使えるようになってるんですねっ」
近づいて来ていたジャンにも、あの影の動きが見えたらしい。
「み、みんな、どんどん強くなっていってます。ぼ、ボクは、置き去りになっていますよ」
「そんなことはないぜ。お前も、あの影を認識しているのだからな。そもそも、『歌属性』と名付けてくれたのも、お前だ」
「は、はいっ。見えるというか、か、感じられはするので……でも、ボクも……」
「いつか、使えるようになるだろう」
「……っ!!はいっ!!がんばります……っ」
ジャンも強くなろうとしている。若手たちの伸びに、負けないように団長さまも努力をしなければならんな……。
「お兄ちゃん、こっちは終わったね!」
「ああ」
『ぜんぶ、はいになっちゃった』
ゼファーは踏みつけていた『ギルガレア』の胴体から爪をどける。そこにあるのは残骸とも呼べないほど、粉々になってしまった黒い灰しかない。その灰も……風に掃かれて消え去っていく。
こちらは、終わった。
『ギルガレア』の頭部については、分からん。神さまの力は、推し量れんところがあるからな。たとえ、首だけになっていたとしても……。
だが、不安はない。
レイチェルが向かってくれていたからな。それに、いまは、レイチェルのとなりにルチア・クローナーも並び立っている。
彼女たちのとなりに、向かって歩き始めた。ミアとジャンも続いてくれたよ。『ギルガレア』の首は、オレたちに気づいたらしい。赤くかがやく目を、こちらへと向ける。
『…………あの男は、逝ったか』
「ゼベダイ・ジスの面影は、消えた。『蟲の教団』の信徒どもの気配も、今では感じられん」
「『ギルガレア』のおっちゃん、みんな、行くべきところに行ったんだよ」
『……そうか……』
穏やかな言葉になっていた。こいつも抗う力の全てを、とっくの昔に出し切ってしまっている。頭だけでは、もはや何もやれんようだ。
ルチアは、悲しそうにしている。
「ここまで、しなければ……ならなかったのですか、『ギルガレア』さま……」
『……千年の祈りだ。数え切れないほどの者たちの願い……叶えてやれるのは……』
「ですが……ッ」
涙があふれていた。ルチアにとっては、信仰を捧げる神さまだ。罪に罰を与える神さまの物語を、幼いころから聞かされていたのだろう。いかにも教訓的で、教育的な性格でもあるからな。
『ギルガレア』は、死の間際となっているからだろう。背負っていた肩の荷は、ようやく下りた。だからこそ、安らかな笑顔を、悲しんでくれる乙女に使ってやる。
『泣かなくていい……お前たちは、勝者となったのだから……神に、勝つなど、そう多くあることではない。ルチア・クローナーよ、お前は、偉大な戦士なのだから』
「わ、私は……大したことを、やれていません」
『多くのことをしただろう。手ひどい傷を、与えてみせた。お前は、有能な戦士だ。同胞たちのために戦い、守ってみせた……多くの者たちを……』
「……『ギルガレア』さま……私は……勝ったとは思います。『パンジャール猟兵団』と共に戦い、貴方に打ち勝ったんです……でも。それでも、悲しい……っ。貴方は……私たちの敵になりましたが……それでも、やっぱり……私たちの神さまです」
涙を浴びながら、『ギルガレア』は赤い目を細めた。
『……ありがたい言葉だよ、ルチア・クローナー……お前に見送られるのであれば、何の心残りもない……』
「貴方が、消えたとしても……きっと、物語は残ります。正義を追求して、悪を防ぐ。私たちの一族は、いつまでも貴方のおかげで、邪悪に堕ちることはないのです……貴方は、あなたは……私たちの、大切な、神さまなんです……っ」




