第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六十八
にらみつけてくる。
そして、やはり攻めることをゼベダイ・ジスは選んだ。
見苦しいなどとは思わない。これはこれで正しい行いだよ。
蟲が作り出した棘を放つ。竜太刀を振り抜いて、そいつを弾くと……ヤツのぐちゃぐちゃの体に斬撃を叩き込んだ!
『が、ふう……ッ』
「……どうしても、敗北を認めないか。悪くない。それほど、お前にとっても、『家族』は大切だったのだろう」
『う……ぐ……う……』
「切ないよな。オレたちの選んだ道とは違うが……気持ちは分かってやれる」
『…………死んだぐらいで……この感情が……失われるはずもない……ッ』
「ああ。そうだ。オレにも取り戻したい命がある」
『私は……私は……ここで……終わり……なのか……ッ。妻も、娘も……不幸なままで。死なせた、ままで……ッ』
「誰しもが、死に対しては無力なこともある。それでも、受け入れて進まねばならん」
『『ギルガレア』のならば!!罪科の獣の、力ならば……その運命さえも、捻じ曲げられたはずなのに……ッ。最後の、最後まで、辿り着こうとしていたのだ!どれだけ多くの者たちを、部下をも、生贄にしながら……罪と罰の力で、世界を、変えるはずだったのに……』
肉が崩れていく。
泡立ちながら揺れて、その姿を維持することは難しそうだ。終わりが始まった。
『彼女は……わ、私などを、選んでくれた……生まれも、学もない……ガサツな、兵士でしかない男を……彼女は、私などを……ッ』
「よく応えただろう。死んだ者のために、間違いも含めて、これだけ多くの手段を選べたのであれば、彼女も満足している」
『……彼女は、母になるべき女性だった!!』
「そうだな。医学に多くの貢献もした。やさしい女性だ。きっと、運命が異なっていれば、彼女は良い母親になっていたよ」
『それを、私は……実現させてやりたかったのだ!!』
「ああ。知っている」
『分かるまい……ッ。彼女と共に過ごした記憶を持たないお前には、この、この、大いなる無念が……分からないだろうっ』
「その痛みは、お前たちだけのものだな。彼女のことを、オレは直接には知らない。会えたのは、面影と、彼女が残した記述だけだ。彼女は、お前に遺していたな。生贄を使うような道を、選ぶなと」
『だと、しても……認められなかった。この道が、あると、知っていて、選ばないことなど、私には……ありえん。伯爵閣下も、認めて、くださった……』
「娘のことも、お前のこともリヒトホーフェンは想っていたのだろうからな」
『その、通りだ……閣下に……閣下のくれた恩に、報いることも……私は……出来ぬままだ』
「そんなことはない。ただの敵でしかないオレにも伝わっている。お前の悔しさこそが、お前の執念こそが、忠義だ。妻と子に対しての、リヒトホーフェンに対しての」
『……だが、私は任務に失敗したのだ』
「―――失敗したぐらいじゃ、嫌いにならないよ」
ミアは、子供らしいというよりも、もっと大人びた表情になって語り掛ける。
「たくさんの失敗があるんだ。この世の中はね、とっても厳しいから。みんなの願いが叶ってくれるわけじゃない。みんなが勝者になれるわけじゃない。たくさんの人たちが、負けて、失敗して、苦しんでる。でも、それでもね、それぐらいじゃ嫌いにならないもん!」
我々も、負けてばかりではある。
ファリス帝国というのは、とんでもなく大きな敵だからね。戦で多少の連勝をしたぐらいでは、倒せちゃいない。ここに来るまで、そもそも9年もかかっているからな。どれだけ、多くの負けの味を全身に叩き込まれたことか……。
それでも。
負けたぐらいでは、失敗したぐらいでは……尽きぬ感情がある。
復讐心だけではなく、もっと大きな感情のおかげで、オレはセシルのことを忘れられない。9年間で繰り返されたおびただしい数の敗北を、忘れないでいられている。
愛情ってものは。
そうだ、とんでもなく強かった。負けたぐらいでは、砕かれないほどに。
「おっちゃんもね、それだけ戦い抜いても奥さんとあの子と、リヒトホーフェンのことが好きでしょう?だからね、その三人からも好かれているままだよ!死んでもね、負けてもね、失敗してもね、それは絶対に変わらないんだ!私の周りには、そんな人たちがたくさんいるから、分かるの!」
ミアの影にも、多くの死者が宿っている。ミアの母親も、戦いで負けて死んだ戦士たちも。オレが知らないミアだけの出会いで得た縁も、たくさんあるだろう。命懸けでミアに愛を伝えた母親みたいに、技巧と知識と哲学を託したガルフみたいに……。
ミアも、多くを経験しながら、その人生を豊かにしてくれている。
「おっちゃんね、大丈夫だよ。おっちゃんが、悔しがって苦しんでいられるなら。その痛み以上に愛されているから。大丈夫だよ。みんな、待っててくれているから……歌になっても、大丈夫だから」
ゼベダイ・ジスであったものは、ミアの言葉を静かに聞いていた。マジメな男で、有能な男だから。負けることに、失敗することに不慣れだったのかもしれんな。愛情ってのは、そんなもので揺らぐようなものじゃない。
『………………私は…………』
「……うん。安心して。みんなが待っているところに、私が連れて行ってあげるから。私の影に宿って。がんばってくれた戦士たちが、還るところに行こう」
ナイフと爪を構えて、足を開いた。
力を溜めて必殺の威力を組むミアの前で……。
ゼベダイ・ジスは、もう抗うことはしなかった。




