第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六十七
肥大した『ギルガレア』が地上へと落下を始める。もはや、何をするための時間も残されていない。それをデザインした上で、投げたわけだからな。
ズタボロになったやさしい神さまは、全てを使い果たしている。どうにもならんよ。墜落が生まれた。大地に頭から突っ込み、そのまま土をひっくり返すような勢いで削っていく。無数の顔どもが、悲鳴を上げていたが、どうにもなりはしない。
肉が裂けて、骨が砕かれ。
血潮が夜空へと散っていく。
土砂崩れにも似た、重々しくも長さを持った破壊の音が響き……その全身に破滅的な傷を負ったあげく、『ギルガレア』は止まっていた。ざわめく木々が、あいつの背の遠くに見える。街並みは遠く、こちらの戦士や捕虜たちに誰一人として被害は生まれていない。
生贄を求めていた信徒どもの声も尽きる。
千年の祈りは、こうして終わったのだ。
もちろん。
やさしい神さまは、血を吹きながらも身を起そうとしやがる。
「まだ、生きているんだね!!」
「『ギルガレア』さま……っ」
「とどめを刺してあげましょう。我々がしてあげられる、唯一の慈悲になります!」
「ああ!行くぞ、ゼファー!!」
『うん!!』
ゼファーも残った体力の全てを注ぎ切るような動きだった。墜落していく巨大な『ギルガレア』を操るのは、なかなかに骨が折れる行いなのだよ。
優しい神さまはこちらの接近に反応し、左腕を持ち上げた―――持ち上げようとした。だが、それは叶わない。腕がボロっと崩れて落ちてしまう。限界以上に酷使した結果だ。痛ましいが、容赦するつもりはない。あいつは右腕を持ち上げたからだ。
魔力ではない、炎を呼ぶ。
竜の『火球』を真似たかのような、赤い閃光を帯びた一発だ。悪くない軌道を作ってはいたが、それを撃ち出すだけ体力があいつにはない。壊れかけた体も、思いのままに構えを維持してくれるわけでもなかった。
結果として、ゼファーはわずかに避けるだけで『ギルガレア』の抵抗をかいくぐれる。
『でやあああああああああああああああああああッッッ!!!』
蹴爪を叩き落とす!!
爪に『ギルガレア』の巨体が刻まれていき、右腕さえも、あいつは失ってしまった。
オレも、動く。
強敵に敬意を表するために。
ゼファーの背から飛び降りて、五体を失ってなお、ゼファーの爪に噛みつこうとしている罪科の獣を狙い、身を低くかがめながら走った。
赤い目が、こちらをにらむ。
いや。
険しい表情ではあったが、怒りも憎しみもそこにはないように感じられた。こいつにも、複雑な感情があるのだろう。神さまも、大変だな。千年分の祈りなど、背負うことにもなれば、本音だけではいられない。
竜太刀を振るう!!
ゼファーの爪のあいだにいた『ギルガレア』の、巨大な首に斬撃を叩き込んだ!!
ズガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!
獣と蟲の融け合った顔は、その瞬間にはやさしくなっていた。微笑むほどではないがね。いくらか、重荷を下ろせたのだろう。
血で空に弧を描きながら舞ったあとで、神さまの頭は大地に落ちた。土にまみれながら転がり、やがて、静かに止まる。
その直後。
ゼファーは抵抗しなくなった『ギルガレア』の胴体に、力と体重を浴びせてくれた。完全に踏み潰しておくために。『蟲の教団』の信徒どもの執念は、想像を絶するものがあるからな。
今このときも、うごめいている。死に切れなかった一人の男の面影が、潰れて飛び散った肉の混沌の奥から、腕を伸ばすのだ。オレを殺したがっている。砕けた骨とミンチになった腕が、槍のように伸ばしやがった。
猟兵に、その程度の動きが当たるはずもない。姿勢不十分だ。
さらには、ミアも連携してくれている。ゼファーの首を伝うように走り、逆さまになりながら跳んだ。ピュア・ミスリル・クローの斬撃が夜空を斬り、オレを狙った槍めいた一撃を断つ。
「させないよ」
さすがは、我が妹だ。レイチェルも動いているぜ。『ギルガレア』の首の方に、張り付いてくれている。
だからこそ、オレには余裕があり、目の前の男に話しかけてやれた。ドロドロに融けた肉のカタマリにしか過ぎないが……誰なのかは分かる。
「ゼベダイ・ジスよ、終わりだ」
にらみつける視線を、受け止めることを選ぶ。聞いてやりたくもあるからな。今このときに、父親になりたかったこの男が、何を言い残すのかを……オレは、こいつらの祈りを破壊した張本人なのだからな。
『……ソルジェ……ストラウス……ッ』
壊れて崩れていく喉に震える声で呼ばれて、竜太刀を差し向ける。
「『家族』のために戦ったことは、褒めてやるぞ」
『…………終わりと、言ったな』
「違うとでも?」
魔眼は器用な使い方がやれてな。この男をにらみつけながらも、ゼファーの視界とつながり上空の様子を観察できる。見えているのだ、空に広がる薔薇の花畑の様子も。その果てにある、もう一つの『オルテガ』の様子も。
「花畑は、まだある。その向こうの空に浮かぶ街並みも、遠ざかりながら薄まっているぜ」
『……背中に、目でも、ついているのか』
「そういうことだよ。お前たちの願いは潰えたわけだ」
『……終わり、だと言うのか……ッ』
「終わりだ。受け入れろ。見苦しくあがくことも、許してやるが……潔さで飾るのも、戦士として正解でもある」
どちらでも、構わんぜ。
付き合ってやろう。
オレに罪科があるとは思わんが、『家族』のために戦った者へ、せめてもの敬意を。




