第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六十六
迷いはない。あったとしても、消えた。他ならないレイチェルが教えてくれたからだ。
ミアがオレの脚のあいだで猫耳を躍らせる。
「ゼファー!!突撃だあああああああああああああああああああッッッ!!!」
『らじゃーぁあああああああああああああああああああああああッッッ!!!』
無数の信徒どもの顔が、歪んでいたよ。引きつっていた。惑っていた。理解することが難しいらしい。オレたちを、帝国人の命でならば説得できると考えていたのかもしれん。邪悪な連中ではあるが、それだけ必死だということだ。
追い詰められた者は、どんな悪辣な手段だって選べる。
誰よりも真剣に、切なる願いを考え続けられるから。
見つけられるのだよ。悪を自分の『正義』に組み込むためのロジックさえ。賢い連中じゃある。良かったよ、ガルーナの野蛮人がアホでね。
おかげで、間違わずに笑いながら、敵へと突っ込める!!
「ハハハハハハハハッッッ!!!」
ゼファーが蹴爪を振り上げて、本物の『オルテガ』へと落ちていく『ギルガレア』に真横から体当たりを喰らわせる!!
『ぐ、ふううううう!!』
『りゅ、竜めええ!!』
『『ギルガレア』さまに、ま、魔力を送り続けるんだ……ッ!!』
『地上に、ひ、被害を……生贄を、一人でも、お、多く―――ぐはあ!?』
無数の顔どもの一つに、ジャンが石をぶつけていた。
「う、うるさい!!み、みんな、必死で生き残ろうとしているんだ!!お前らが、邪魔をするな!!」
『死んだぐらいで、あ、あきらめられんっ!!』
『頼む、頼みますっ。より、完璧な、世界を……私たちに、楽園を……っ』
『全てが、そろった世界を……家族がいて、愛する者がいて、病も不幸もなく、完全に満たされた世界が、欲しいのです』
『……『ギルガレア』!!私に、エスリンに、未来を……ッ!!』
祈りが魔力を捧げた。『ギルガレア』の燃える翼が、巨大化していく。それでも、負けんよ。ゼファーも、翼に力を込める。必死になって暴れて、落下の角度を変えればいい。
『止められんぞ―――』
『―――とめるんじゃ、ない!!』
「そうだ、お前たちの動きに、こっちも乗ってやるんだ!!」
街の南西に向けて落ちようとしているのならば、逆らうのではなく……さらに角度を上乗せしてやればいいだけのこと!!
皆が集まっている場所よりも、さらに南西に落ちればいい!!そうすれば、皆を『越えられる』のだよ!!
「『ギルガレア』のおっちゃん!!空については、竜騎士と竜の方が、研究しているんだよ!!」
『……おのれ……ッ』
あきらめていいタイミングでもあるが、当然なことに『ギルガレア』はそんな弱い選択をしない。無理やりに燃える翼を羽ばたかせ、巨大に膨れ上がった体を暴れさせやがった。
「『ギルガレア』さまは、ゼファーを、振り切ろうとしている!?」
「も、もう、地上が近い!!ふ、振り切らせちゃ、いけないよ、ゼファー!!」
『あたりまえだああああああああああああああッッッ!!!』
ゼファーがあごを大きく開いて、はち切れそうにふくらんだ『ギルガレア』の首に牙を突き立てた!!
『がうううううううううううううううッッッ!!!』
「そうだ!!離すな!!ホールドして―――」
「―――回転しちゃえ!!」
ストラウス兄妹は笑顔をそろえて、二人同時に体を大きく右へと倒す!!投げ出すような勢いでな!!ゼファーもその動きに合わせてくれる!!左の翼で羽ばたいて、しっぽも大きく左へと伸ばす!!
回転の力が組み上げられて、牙と爪を突き立てた『ギルガレア』と一緒に空で踊りを始めた!!竜巻のように、はげしく回転する!!
「ククク!!これならば!!」
「みんなを飛び越えて、落ちれる!!」
落下の角度を大きくコントロールできるのだよ。より遠くに、より長く飛んで落ちる。誰もいない場所にな!!
信徒どもが、その事実に気づく。喚き始めた。
『負ける、などと!!』
『『ギルガレア』さまあああっ!!』
『おのれ、おのれ、ソルジェ・ストラウス!!竜!!』
『お、お救いくださいっ!!我らが、『ギルガレア』ああああああ!!』
このやさしい神さまは、最後まであがこうとする。信徒どものために、敗北の必然に抗う。ゼファーの顔を手で押さえつけて、強靭な竜の噛みつきを外そうとした。
『ぐ、うう、ううううううううっ!!』
うちの仔竜が、離すはずもないが―――『ギルガレア』は自分の骨も肉も、引きちぎれてしまうことさえ許す。想像を絶する痛みだろうに。羽ばたきでも、的外れの落下を停止しようと藻掻いている。
だが。
ゼファーの作り出した回転の力からは、逃れられない。逃がさないために、この回転の檻に閉じ込めてやったのだから。それでも、この神さまは力を使い切ってみせたよ。
『あぐううううううううううううううううううううううううッッッ!!!』
ああ、赤く、視界が染まった。血を吹きながら、自分を引きちぎる。いいヤツだ。誰かのためじゃなければ、ここまではやれん。竜の完璧な噛みつきから、離れてみせるとはな。
赤い目は、最後の最後まであきらめちゃいない。
だからこそ、こちらも全力を尽くすのが正しいのだ。我々は、生者のために戦っていようが、死者のために戦っていようが。真逆であるのは確かなのに、それでも、なお、似ているのだから。
鉄靴でゼファーのウロコを叩き、技巧を伝える。
翼と首と胴体を、『ギルガレア』に密着させた。回転の力が、瞬間的に倍増させられる。『ギルガレア』を、再び拘束した。力任せではなく、ただ寄り合うだけでも、これはやれるのだ。惑うだろう。まるで、友情を伝えるかのような動きだからな。
その一瞬で、十分だ。
それを使えれば、我々はあらゆる準備を完了させられる。
竜の長い首を反らし、突き放すように爪で『ギルガレア』の巨体を押し込んだ。ダメージと戸惑いと遠心力に呑まれたあいつを、ぶん投げる。地上に目掛けて。




