第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六十五
「たくさんの顔があるよ!」
「信徒たちですね。彼らと一つになった」
多くの顔どもが歯を剥く。感じ取りにくい『ゼルアガ』の権能の力だけでなく、ヒトの魔力も感じられた。
「連中の魔力も、使うか!!」
『その通り!!これが、我々の最後の策!!』
「おっちゃん、何をするつもりなの!?」
ミアが問いかける。話術に応えやすい神さまから、最後の策とやらを聞き出すためにな。
だが、ゼベダイ・ジスの声が邪魔をする。
『我らの策は、教えない!!家族全員が、そろって暮らせる世界を創る!!そのために、全てを捧げるだけだ!!それの、何が悪い!!』
「悪くはない!!オレたちの『正義』と、異なるだけだ!!」
「うん!!お兄ちゃん、仕留めよう!!」
「彼らの願いを、叶えるわけにはいきません。家族と暮らせる……夫婦と子供が、一つになって。それは、素敵な夢ではありますが―――」
レイチェルにとっても、最高の夢だろう。『家族』がそろって。それは、どれだけ素晴らしいことだろうか。『人魚』と彼女に恋したサーカス芸人と、その息子。海より深い愛を持つ彼女が、どれだけ夢を見る幸せだろう。
だとしても。
「―――愛する者は、死んだのです。私も、いつかそこに向かう。悲しい面影たちよ。記憶だけを抱き締めて、去りなさい。それは、『孤独』とはかけ離れた選択です」
『私が望む結末は、そうではない!!』
夫であり、父にもなりたかった者が叫ぶ。ゼベダイ・ジスにとっては、どんな方法を使っても叶えたい『未来』だ。
知っている。
分かっている。
だからこそ、容赦なく戦えもするのだ。お互いに違う『未来』を求めて、争う。戦士の本質だからな。
鉄靴を動かす。
ゼファーのウロコを叩き、告げる。攻めろとな!!
『いっくぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』
巨大化し続けている『ギルガレア』に対して、ゼファーは全力で飛翔する。『ギルガレア』は花畑に戻ろうとはしなかった。レイチェルの予想は当たっているのかもしれん。本物の『オルテガ』に向けて、加速して落ちる。
接近していく我々を増えた顔の数々でにらみつけながら、『ギルガレア』はその背に巨大な炎の翼を生やした。火烏のものと同じだ。真っ逆さまになり、落下と飛翔を組み合わせて加速しやがる。
速い。
速いが、こちらも必死だ。
それに……。
「体当たり程度で!!どうなると言うのか!!」
『そちらこそ、追いつけると思うな!!お前たちは、疲れ果てている!!魔力も、使い過ぎている!!空っぽだろう!!』
大当たりだ。
さすがに魔力も体力も使い過ぎている。それでも、余裕と自信の顔は崩さない。
「追いつき、仕留める!!オレたちが勝つ!!『パンジャール猟兵団』こそが、最強だからな!!」
話術も使う。少しでも考えさせるためにな。考えれば、それだけ行動から純度が失われる。何かをしようと企むほどに、ヒトは反応するものだが―――顔どもが、邪魔しやがる。ゼベダイ・ジスの声ではない。聞き覚えのない幾つもの声が同時に言い放つ。
『帝国の兵士どもを、狙ってやろう!!』
あちらも、同じ戦術を使って来やがった。ゼファーと『ギルガレア』の速さ勝負に、ヒトが参加できる要素は少ないからな。話術で、互いの動揺を誘おうとしやがる。
『貴様らは、帝国と戦っているのだろう!!殺してやるぞ!!帝国の兵どもを狙い、我らが落ちて、死に至らしめるのだ!!』
……ヒトの心を、よく理解していやがる。
オレやレイチェルが、どれだけ喜んでしまうか。帝国人どもを、どれだけ憎んでいるのかを、こいつらは理解している。
ミアの猫耳が動いて、ゼファーも、わずかながら反応しそうになっていた。オレたちが、どれだけ帝国人が、ユアンダートが嫌いなのかを知っているからね。
『敵を殺すのだ!!ならば、良かろう!!連中が死んだとしても、貴様らには痛くも痒くもないはずだぞ!!殺し合っているのだからな!!』
『連中を生贄にしたところで、何も苦しみはないはずだ!!そうだろう、ソルジェ・ストラウス!!』
『帝国人を殺すことならば、許容できよう!!ゼベダイも、リヒトホーフェン伯爵も、許容しているのだ!!』
そうだ。
帝国貴族や帝国軍人であるはずの連中も、それを許容した。
思い出せるぜ。
それの罪深さをな。
「―――リングマスターに代わり、回答を!真の戦士は気高いものです!!『オルテガ』にいる帝国兵らは、家族を伴い降参した捕虜に過ぎない!!殺すべき者たちではありません!!」
まったくもって、その通りだよ。
帝国人どもを殺すことは、好きだ。
だがね、戦士は職業倫理を持たなければならん。そうでなければ、邪悪に堕ちる。
無言のままに同意が成った。
憎しみや恨みだけで、戦うべきではない。当たり前のことだ。オレたちの『正義』は、もっと尊いものなんだよ。
ゼファーの羽ばたきがさらに強くなり、首を真っ直ぐ伸ばす。その背にいる我々は、全員が身を前に倒した。加速し、追いつき、巨体にぶつかるために。
「全員、守るぞ!!」




