第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六十二
『ストーム・ブリンガー』に備えて、薔薇どもが動く。
「壁を作っているよ!」
『どーじぇの、まけんに、びびってるんだ!!』
「つまり、有効打になるというわけです!『ギルガレア』は、とても素直な反応をしますからね!」
『届くかもな!!神々さえも、お前の件ならば命を奪えるかもしれん!!だからこそ、なりふり構ってはいられんのだ!!』
巨大な薔薇の内側へと、『ギルガレア』は飛び込みながら、包まれてもいく。遮蔽物に隠れるというのはシンプルながら有効な身の守り方だぜ。
しかも、薔薇どもの花弁の間から……不気味なものが這い出てくる。
「なりふり構わんという言葉は、そういう意味か!!」
「ヒトが、出て来てるけど!?あれは、『蟲の教団』の連中なの!?」
「む、虫けらです。においが、ほとんどしない。あ、あいつらも『寄生虫』の集まりに過ぎません!!」
「守るべき信徒を、消費しようというのですか!!『ギルガレア』、貴方のポリシーに反するのではありませんか!!」
『魂の保存はしている。彼らは、この戦いのあとで、蘇るのだ!!』
「全員で生贄になるとか!!そういうの、おかしい!!死んでまで叶えたい願いって、あると思うけれど、それは、生きているヒトのために使うべきだもん!!」
ミアは、きっと母親のことを想いながら叫んでくれている。
だが、今となっては『ギルガレア』には届かない。再現された死者たちが、薔薇の花弁から宙へと跳ぶ。上も下も不明瞭なこの領域でな。連中は虫けらの身が化けたものなのか、鋼を持っている。剣であったり、槍であったり、神官が好む杖を握りしめている者もいた。
『『ギルガレア』さまのために!!』
『『不滅の薔薇の世界』は、今まさに訪れようとしている!!』
『我らの悲願のために、今一度、身を捧げるのだ!!』
ああ。虫けらが編んだ肉体に、本物の記憶が宿っているのかもしれない。だが、しょせん本物であっても全てではない。こいつらには恐怖が欠けていた。『孤独』を恐れてはいるのかもしれないが、空へと怯えずに飛び出せる者は、極めて少ない。
ヒトではなくなっているのだ。
こいつらは、ただの道具に過ぎん。
「恐怖さえも失った。そんな空虚な行いに、戦術的な価値はない」
『うん、あたるもんか!!こいつらは、せんしじゃない!!』
次から次に空中へと飛び出す信徒どもの『弾幕』を、ゼファーは突撃することで応じた。逃げるのではない。避けながら、かいくぐりながら……『ギルガレア』のことを追いかける。
『ぬぐううう!?』
『当たれ、当たれえええ!!』
鋼を振り回すが、ゼファーは当たってやらん。戦士としての価値が、こいつらにはないからな。近づいて迎撃してやる意味がないのだ。
「戦士は、命のために戦う!!生きている者のために!!死者の力の使い方を、お前たちは間違ってしまっているぞ!!」
『こちらの、守りを、無視して……突入してくるだと!?それでも、あ、当たらんというのか!!』
「ガルーナの竜を舐めるな!!アーレスの血を舐めるな!!オレたちが、竜たちが……ガルーナが全滅してしまいながらも、戦い抜いたのは、死者のために非ず!!命のために戦った!!生きている者こそを救うために、オレたちは死んだのだ!!」
『知っている!!だが、曲げられんのだ!!死者たちよ……悲願の成就のために!!力を、貸してくれ!!』
薔薇から跳び出す死者どもが、その身を爆発させた。
暴れる炎に成り果てながら、骨を散弾にしやがる。
「お兄ちゃん!!」
「おう!!」
『ストーム・ブリンガー』を、使った。空を裂く翡翠色の斬撃ではない。空を掃くように、なでるように使う。ミアも『風』の力を貸してくれているから、思いの通りに空を『掃けた』。
竜巻のように旋回しながらも、この『風』はとてもやさしい。
死者どもの破片を切断しながら弾き飛ばすのではなく、実った穂を揺らす収穫期の風のように静かなものに過ぎん。それでも、散弾どもを虚空へと導けたよ。
「こ、この『風』は……ッ!!」
「そうだ。オレは、また一つ『ストーム・ブリンガー』を極めたぞ!!ザクロアの勇者たちの伝統をな!!」
「あ、ああ。ヴァシリ……さま……ッ!!」
ジャンは喜んでいる。
死者との記憶に出会えているのだ。ジャンを守ってくれた、勇敢で、やさしい騎士に。
オレも出会えている。
だからこそ、ここまで『風』を操れたに違いない。彼らがいるのだ。オレと共に、戦おうとしてくれているから、『ストーム・ブリンガー』はやさしくも強い。
「お兄ちゃん、すごい!!」
「本当に、また一段階、強くなられましたのね」
「ああ。『風』の魔剣は、まだここにあるぞ!!」
『どうしてだ!?』
『ギルガレア』は理解できない。信徒どもの捨て身を、打ち払った。『風』の魔剣を、オレに『使わせるつもり』だったというのにな。あてが外れている。
『ストーム・ブリンガー』は、いまだに健在だ。
「魔力を使いこなせばいい!!死者たちの声が、オレに教えてくれたのだ!!彼らは死んでも戦った!!生者のために!!戦士にとっての死とは、そういう偉大な行いであるべきだ!!彼らの記憶で、お前たちに勝ってやるぞ!!」




