第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五十三
ヴァシリ・ノーヴァの力よ。ジャンに勇気をくれた貴方の力を、今またオレに貸してくれ。
『風』を練り上げる。荒ぶる北方の騎士たちの斬撃だ。駆け抜ける翡翠の『風』の一刀を。
「『魔剣』、『ストーム・ブリンガー』!!」
『ギルガレア』よ。お前は、真っ直ぐ過ぎるから、視線が強い気配を帯びてしまうのだよ。見ているな。高い場所から、オレの様子を探ろうとしている。
その強い気配は、かなり離れちゃいるが。
この空を駆ける翡翠の斬撃ならば、どうだ。
届くだろう。
高く。高く。ヴァシリ・ノーヴァたちが教えてくれた『魔剣』が暗がりを裂きながら駆け抜けて、気配に到達したよ。悪くない手応えだ。こちらが、お前の術中から、明確な攻撃を当てられるとは思っちゃいなかっただろう。
「オレの敵になることを選んだのなら、必ず、負けることになるぞ」
無言だ。
リアクションが少ないのは、つまらないがね。感触はある。『ギルガレア』の放つ感覚は、もうかなり把握し始めているからな。
感じ取れる。
そう。あいつが創り出した、記憶のような夢のような、ここの『使い方』も、ちょっと分かって来た気がする。心や記憶を覗き込むほど、逆手に取ることも可能なのかもな……。
「お前が、オレたちの心を覗き込むほど……こちらに、気配を伝えることになる。魔眼を使えば、お前の心を……覗けるかもな」
無言。
そうすることで、話術に乗せられないように工夫しているのかもしれん……『呪術師』でもある男と、不用意な会話をすることはリスクがあると学習したか。だが、それならこちらが仕掛け続けるだけのこと。
竜太刀に『風』を集めていく。現実ではない世界だ。魔力を、消費することはない。
「攻めまくるぜ」
『―――攻めるのは、こちらの方だ』
「口を開いたか。そうでなくてはな。戦いとは、コミュニケーションだぞ。一方的な展開には、ならない。届いただろう。『魔剣』だけではない。ヴァシリ・ノーヴァたちの生き様が」
『説得にはならんさ』
「オレも、説得はされんぞ。ジャンの記憶を使っても、逆効果だったな」
『ならば……彼女はどうだろう』
「彼女……」
『卑劣な策かもしれんが、彼女の記憶もお前にぶつけてやろう』
「悪趣味と分かっているのならば、しない方がいい」
『彼女も、本当は求めているのではないか?……死者との再会を』
「誰もが、それは望むことがある。しかし、依存していては、ヒトは日々を生き抜けん。そういう死者との関係性は、間違いなんだよ」
『『不滅の薔薇の世界』ならば、ありえないことを叶えてやれるのだ。お前にも、与えてやれるぞ。妹との日々を』
「それは、いつかオレが死んで歌になった後のお楽しみだ。まだ、成し遂げなければならんことは、山ほどある。楽しい夢に逃げ込んでいる場合ではない。ユアンダートを殺さなければ、亜人種と人間族が共存する世界を創れんからな」
『世界を、創る……』
「そうだ。『不滅の薔薇の世界』ではない。本物の世界を力で無理やりに変えて、創り出すのだ!!……お前こそ、オレに手を貸せばいい。人種が共存できる世界を創れたら、迫害される者も減るだろう。『孤独』とやらも、少しは癒せる!!」
『……生者との関わりだけでは、癒せぬ傷がある。それに、応えなければならん。彼女の記憶を、使わせてもらうぞ』
「……レイチェルか」
夫とサーカス団のために、復讐の鬼となったのがレイチェルだ。愛する夫のことを、今でも海より深く愛している……。
世界が、また変わった。
とある夫婦の、なれそめの物語か。
……銀色の星が浮かぶ入り江で。
男が一人、泣いている。滑稽な道化の服のまま。自分の技巧の拙さに、才能の無さに、打ちひしがれて泣いていた。まだ乙女だった『人魚』は、それを見て……。
海の上に飛び上がる。
美しい芸だった。
星々に並ぶ高さで、踊る『人魚』。神々しい光景であり、サーカス芸人の涙を止める魅力があった。天賦の才。圧倒的な芸術との出会いに、男は嫉妬することはなかった。自分だけの宝物にするつもりもなかった。
多くの者に、見てもらいたいと願ったのだ―――。
「―――ボクたちのサーカスに来ないか!君の舞いは、きっと、たくさんの人々を幸せな気持ちにすると思うから!」
「……何とも純粋な気持ちでしたから。私は、彼のことを愛してしまったのです。とても、楽しい日々を、過ごさせてもらいましたの。息子まで、生まれて……」
知っているよ。幸せは長くは続かない。
レイチェルが出産のためにサーカスを離れているときに、帝国兵どもが、その一座を襲った。亜人種の芸人たちも多く、在籍していたから……。
「そこからは。私は、あの人に対して、裏切りを続けているのです」
闇の奥から、レイチェルが姿を現した。
レイチェルを刺客に使う気か。『諸刃の戦輪』を、彼女は構えた。オレに向けて。
『……ソルジェ・ストラウス。お前は、女と戦うのが不得手なのだろう』
「記憶を覗けるってのは、便利だな」
『違うさ。『罪』を、覗けるのだ』
「レイチェルに、何の罪があるという」
『知っているだろう。だから、お前は、約束させたのだ』
「私は海から陸に上がった。成すべきことを、決めたから。あの人といっしょに、サーカスをするの」
『彼女は、夫の望むことをしたいのさ』
……ゼベダイ・ジスの声が聞こえたよ。
「『ギルガレア』に融けて、アドバイスしているのか」
『愛する者に応えるために、踊った『人魚』だ。夫と、サーカスの観客たちを笑顔にしたかったのだろう。それなのに―――』
「―――それなのに、私は復讐ばかり。多くの敵を、殺してばかり。息子からもサーカスからも離れて。これでは、夫も、笑顔になってくれません。だから、私は、とても罪深くもあるのですよ、リングマスター」
幻覚なんだよ。
彼女は、それを罪だと認めたとしても、承知で復讐する。罪悪感が、疼いても。心に刺さって痛みとなっても。
「愛しているから、痛むのだ。痛みがあるから、怒りが生まれる。オレたちにとって、復讐は愛することの一部だ」
「『ギルガレア』に従えば……夢でも幻でもなくなるのです。夫と息子と、私がいるサーカスが実現する。それは、どれほど幸せなことか」
「だろうね。君は、心の底から、それを夢見るだろうよ。オレも、そのサーカスに行ってみたかった。どれほど、素晴らしかったことだろうか」
「ええ。だから、手に入れるのです。私は、貴方に鋼を使いましょう」
偽りのレイチェルが、悲しく微笑み。
『人魚』の速さを帯びて、飛び掛かってくる。




