第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五十二
闇の底のような、地の深みに引きずり込まれていく……。
まとわりつく暗がりはしばらく続いた。
遠くに、星の明かりが見える。
本物の星ではないだろうが、アーレスがくれた魔眼の出番だろうよ。『望遠』の力を試して、その光を覗いた。
光は、暖炉の焔。いかにも気弱そうな少年がいる。赤茶色の髪をした、おどおどした態度の少年だ。すぐに分かる。オレは猟兵団長なのだからね。
ジャン・レッドウッドの子供時代だ。
暖炉の周りにいるのは……ザクロアの土地の孤児の子供たち。寒い北国で、多種族の住む土地であり、厳寒な土地を旅する商人や狩人も多いからか、親を失った孤児たちは数多くいるのだよ。
ガルーナも、似たところがあるからね。よく分かるよ。
そうだった。
ガルーナの孤児院は、ストラウス家の領地に建てられるのが一般的なんだ。ご先祖さまが始めたんだよ……たしか……。
ああ。アーレスが融ける竜太刀が、熱くなる。ストラウス家の歴史を、忘れるなと主張してくれていた。
そう。
『侵略神/ゼルアガ』と戦い、歌となるべき名前を喰われてしまった、偉大なるご先祖さま。竜騎士姫が、それを始めたのだ。オレたちの育った村に、エルフや、ドワーフや、ケットシーや、巨人族たちがいたのは、彼女のおかげだった……。
竜騎士の戦術を、作ってくれたのも。
ストラウス家とガルーナを支える、亜人種たちとの関係性を創ってくれたのも。
アーレスと共に生きた、竜騎士姫のおかげか……。
……どうして。
思い出せるんだ?
『侵略神/ゼルアガ』に喰われたせいで、竜騎士姫の存在は失われてしまっているはずなのに……。
「う、うわ、うわああああああああああああああああああああああッッッ!!?』
ジャンが叫んでいた。
視線は、その叫びに向く。
子供の頃のジャンに、『アリアンロッド』が囁いたのだ。ジャンに流れる『呪われた血』に囁き、覚醒を促した。『狼男』として目覚めてしまう。小さな『狼』だったが、その力は圧倒的でね。
並みの戦士では歯が立たないほどの強さだった。
『や、やめて……やめてよ!!し、したくない、したく、ない……う、うわああああああああああああああッッッ!!!』
赤い悲劇が、起きていた。
悲惨な孤児たちの暮らしに絶望した『アリアンロッド』は、彼らに死を与え、死者となった子供たちを、自分の縄張りで遊ばせてやろうとしている。
ジャンは、『強い子』だから生かしたのだ。
ジャンの望みでも何でもなく。
『弱い子』と決めた孤児たちが、生き延びるための闘いで苦しむぐらいなら、安楽死を与えてやれと……ジャンを使い、牙を振るわせた。
子供たちの悲鳴が上がる。
孤児院の働き手どもは、子供たちを庇おうともせずに、逃げ出していたが……その態度は『アリアンロッド』の逆鱗に触れてしまう。
悪神だが、子供たちを本気で愛していたのも事実だからな。
ジャンに命じて、働き手どもも殺させてしまった……。
赤い。
赤い記憶だ。
悲劇であり、絶望的な悲しみでもある。
……かつてのジャンに聞けば、きっと、この罪を『なかったことにしてしまえる』とすれば、命に代えても願ったかもしれん。
だがな。
『ギルガレア』よ。
ジャンを救った老騎士もいるのだ。『アリアンロッド』に暴走させられたジャンを、抱きしめてやったのだよ。許しを与えた偉大な男がいる。
彼の姿は、見せんのだな。
間違って記憶だ。これは、真実ではない。あの悲劇は、救いと希望も伴っていた。多くの罪を、ジャンの牙は生み出してしまったが、それだけじゃない。
「うちの猟兵を、舐めるなよ。ジャンは、自分の罪からは逃げん。たとえ、お前が、『不滅の薔薇の世界』で、ジャンが殺してしまった孤児たちを蘇らせてやると持ち掛けたとしても。偽りの安楽など、受け入れるものか」
ザクロアの騎士たちの魂を受け継いだ、誰よりも勇敢な男は……『アリアンロッド』を『母』と呼び続けて悲劇を忘れないようにしている男は、己の罪からも罰からも逃げん。
星が。
薄まり、遠ざかる。
ジャンの記憶では、オレを揺さぶれないと知ったからか。
『ギルガレア』よ。
罪科の獣よ。
罰を背負うジャン・レッドウッドから、お前こそが学ぶといい。
「消し去ってしまいたいほどの悲しみからさえ、希望は生まれるのだ」
『……強い者だけが、救われればいいと?』
闇のどこかから声が聞こえる。
『ギルガレア』だが、他のヤツの声も混じっているようだ。女の声も、男の声も、子供も老人の声も。老若男女だ。『蟲の教団』たちの総意みたいなものかもしれん。
「そうではない。強い弱いでも、勝ち負けでさえない。孤独や絶望と戦うための力は、希望ということだ」
『救われぬ。あの獣に喰い散らかされた魂は、あまりにも不幸だろう。それを、救ってやれるかもしれない唯一の機会を、お前は放棄するのか』
「当然だ。ジャン・レッドウッドが、望まないことを、猟兵が求めないことを、『パンジャール猟兵団』の団長はしない」
『傲慢な男だ。お前は、自分の理想を……相手に見ているだけだ。お前も、多くを失っているのに……どうして、分かろうとしない。死者が救われる機会を、放棄しようとしている』
「自ら死んで、呪われた死者の兵団となり、帝国に挑んだ者たちがいるのだ。彼らは、生きている者の『未来』のために戦い抜いた。何度も死ぬ苦しみに耐えてな……彼らの力を、オレも継いでいる。戦士とは、死者のために戦う者ではない。死んでも、生者のために戦う者だ」
放てと。
誰かが告げてくれる。
若い女の声でな。
『アリアンロッド』じゃない。竜太刀に向けて、その女性は語り掛けているように感じるんだ。『風』の魔力を込めた、魔剣を放てと。悪神を斬り、守るべき者たちを守れと。ずいぶんと遠くから、名も知らない声が、命じるのだ。




