第二話 『無償の罪に、この手は穢れ』 その百八十二
偵察は、すみやかに完了した。猟兵と竜とエルフの目が上空から探せば、隠し通路さえもすぐに見抜かれる。
アタマのなかに描いた地図に、それらの重要地点を記したのちに……作戦は次の段階へと入った。潜入および、破壊工作の時間だ。北側のやぐらと、敵が湧き出るための縦穴にレイチェルとジャンが向かう。二人には、それらを破壊してもらうためだ。
むろん。音を立ててはならないからな。やぐらは倒壊寸前にまで支柱に切れ目を入れておけばいい。敵兵が勢いよく乗れば、倒れてしまうほどに。縦穴については、木片と石を使って封鎖するだけでも十分だった。
オレとミアとルチアのチームは、馬車の確認を行う。ゼファーから地上に降り立つと、そのまま地上に刻まれた『わだち』を追いかけて、大きく口を開いた坑道へと向かった。馬車のにおいがしたよ。飼い葉と獣臭だ。
山地にある農家の屋敷と同じように、居住スペースと家畜小屋が隣接した設計というわけでね。多少、獣臭さが気にはなる空間だが……それ以外にも、鉱山特有の酸味の臭いもすれば、薬品と……血の臭いまで混じっていた。
「ろくでもないことが行われていそう」
「地獄をこの世に作りたがっている者は、少なからずいる。戦場は、単純だ。権力を与えられた者に、暴虐をも許してしまう」
「だから、職業倫理が大切ってことね。思い知らされるわ……『蟲の教団』の、邪教の遺産まで、引きずり出すなんて……正気じゃない」
「責任を取らすさ」
マルド・メロにも死んでもらう。それも予定に入っているが、今は馬と馬車の確認だった。坑道の奥へと進む。古びたレールがあり、トロッコの残骸が横倒しになっていた。鉱山として機能していたのは、ずいぶんと大昔のことらしい。
この残骸を片付けなかったのは、『鉱山ぶる』ためかもしれないな。横倒しのトロッコではあるが、壁際近くまで丁寧に寄せられている。ここの責任者は、おそらく、マルド・メロは雑な性格はしていないし、リヒトホーフェンに対して従順だった。
「ぶるるうう」
「……馬の鳴き声だよ」
「近いな」
地下坑道の奥に、馬のための空間があった。夏の蒸し暑さに加えて、集められた馬の息が湿度と温度を高めてしまう。不快さがあるものの、馬たちはやたらと大人しく、まとまっていた。異常なほどに。
飼い葉を調べると、この従順さのトリックが解明された。名調教師や、優れたリーダー馬が君臨しているわけではない。飼い葉のたっぷりと詰まった桶の横に、『オルテガ・ガラス』の空き瓶が並んでいた。
「錬金薬で、大人しくしている」
「薬で?……かわいそうに」
「残酷な連中だね。ドワーフさんたちが、心配になるよ」
「……ええ。こんな暗がりの奥底に、閉じ込められている……」
「助けに行こう、お兄ちゃん」
「ああ。馬と、馬車は確認できた」
異常なまでに従順な馬たちの群れの奥に、立派な馬車も並んでいたな。本来は、この邪悪な施設で作られた薬品を運び出すためのものだろうが、今日は奴隷たちを助けるための馬車として使ってやろう。
「ここまで、ドワーフの奴隷たちを連れて来られたら、楽なもんだ」
「右にも、左にも……奥にも、通路が続いてる。どこから、探るべき?」
「探索用の『そよ風』を使うぞ」
「私がやる。『風』よ」
ミアの放ってくれた『そよ風』が、三つの通路へと注がれていく。『そよ風』は通路のなかを駆け抜けて、かすれた摩擦の音で反響をしてくれた。聴力に頼るべき時間となる。猟兵としての訓練で鍛えたオレの耳と、ケットシーとエルフの聴覚。三人ともが、『そよ風』に乗った声を聞く。
「……うめき声は、まっすぐ奥の方から聞こえる」
「帝国兵らしい声がするのは、左の方だけど……」
「優先すべきは、ドワーフたちだ」
「じゃあ、このまま、まっすぐだね」
「うめき声をあげているけど、彼らは無事かしら……」
「祈りながら、急ぐぞ」
無音を帯びた走りを使う。大人し過ぎる馬たちの間を走り抜けて、馬車の置かれた空間の奥……深い暗闇をたたえた道を進む。
探索用の『そよ風』のおかげで、障害物があることは理解していたが、すぐに我々の前進は妨害された。
「鉄格子があるよ。太い鉄格子」
「腕力では、曲げられそうにないな」
「錠前で封鎖されているけど、私が鍵開けしようか?」
「いいや。竜太刀で開く」
手首のように太い鉄柱で組まれた鉄格子は、馬の体当たりにも耐えるだろう。だが、竜太刀の前では、無力なものだった。
ザガシュウウウウウウウウウンンッッッ!!!
火花と甲高い音が暗闇の道に弾けて、巨大な鉄格子が崩れながら向こう側へと倒れた。
「ククク!……どうだ?これで、解決だな」
「知ってたけど、すごいわ!」
「まあな。竜太刀に融けたアーレスも、助けたがっている。ガルーナは、亜人種と人間族が共存していた王国だ。オレは、その王国を復活させる。アーレスと共に」
「……カッコいいね。どうにも、遠くに感じてしまうけれど……でも、私も、一緒に努力する。『風の旅団』として、協力する。素敵な王国を、作ってね、ストラウス卿」




