第二話 『無償の罪に、この手は穢れ』 その百七十二
「はあ。レイチェルさん……慰めてください」
「ええ。貴方の献身、忘れませんわ」
レイチェルは長い腕を回して、ビビアナのことを抱き寄せる。レイチェルが恋愛の後押しをしてやったからだろうか、よく懐いているというか……。
「はあ。怒りが落ち着きます……」
「貴方に、たくさんの敵を捧げましょう。その怒りを、忘れさせてあげますわ」
「楽しみです」
「……女同士で、何をしておるのか……ここは、お山か……?」
尼僧だらけの『カール・メアー』では、女性同士のハグがよく見られるのかもしれないが、想像力を使うことはやめておくとしよう。
だって、無音のままミアが『カール・メアー』仮面の背後を取っていたからな。
「うわ!?ミアか、お、驚いたぞ……っ」
「フリジアは、まだまだ修行不足かも」
「ぬ、ぬう」
「集中力に頼り過ぎているね。疲れて途切れてしまうと、弱くなっちゃうから。もっとね、自然体に任せてもいいんだよ。フリジアは、ちゃんと強いんだから」
「そ、そうか?」
「うん。使い方を、もっと覚えるだけでも、まだまだ強くなれる」
「そう、だな。迷いは、消せた。あとは……持続することと、この感覚に馴染むことか」
細い腕を組む『カール・メアー』の巫女戦士は、たしかに有能なのだ。間抜けたところもありはするが、十分に達人の領域の近くにいる。ミアのアドバイスは、鍛錬や実戦を積むよりも、早くに彼女を完成させるだろう。
楽しみが増えるが、若者たちを見守っている場合でもない。
「待たせたな。装備は調えられた。次の作戦に取り掛からなければならん」
「うん。ちょっとだけど、しっかりと休めたよ。鉛玉も、補充完了!」
ミアは革袋一杯の鉛玉を見せてくれた。『ルファード』の職人たちが作ってくれたものだな。
「あと、ルクちゃんからも、『毒弾』たちが届いたの」
「忙しく働かせてしまっているが、よくやってくれるな」
「ストラウス卿も働かせ過ぎだけど、周りにも働かせ過ぎているわね」
「敵が多いと、そうせざるもえない。役割分担も、コツだな」
「管理職を増やすべきね」
「考慮する。だが、今は原始的なマンパワーに頼るほかない」
「ゼファーの背に千人が乗ることは出来ませんものね。少数精鋭で、廃鉱に作られた『研究施設』とやらを陥落させる他ありません」
「気をつけてくださいね、レイチェルさん」
「ウフフ。ありがとう。心配されるのも嬉しいですわ」
「ミアも、気をつけるのよ」
「うん。戦闘が終わったあとは、もめやすいから、ビビもフリジアも気をつけてね」
「さすがに、『ルファード』が襲撃されることは、ないでしょう?」
「密偵が潜んでいるかもしれないから。二人は、あまり離れないようにね。二人とも、十分に腕があるから。離れなければ、普通の敵にも対処できる」
「任せておけ。ビビアナは、守る。女神イースの名のもとに……リヒトホーフェンについても気にはなるが……」
「そっちは、私たちどうにかするから」
「……うむ。役割分担、だな。無理はするなよ。『蟲の教団』とやらも、二体の『ギルガレア』も……不吉な予感がしてならない」
「リヒトホーフェンも、神秘の領域を完全に使いこなせるとは思えません。それに、たとえ、かなりの範囲を使いこなせたとしても、計画はあくまで常識の範囲で組み立てているはず。『カール・メアー』の調査が入っているのであれば、なおのこと慎重だったでしょう。ゼファーの移動能力までは、考慮できていない。ヤツの作戦は、速さで、崩せますわ」
「すぐに仕掛ければ、ヤツの計画も壊せるってことだ。港に、向かうとしよう。ゼファーも肉を喰って、体力を回復してくれている」
「しっかりとしたおもてなしも、いずれしたいわ。戦に勝利して。ご武運を、祈っておく。ルチアたちの神さまとも、もめないように事が運ぶように」
ああ。
戦士の悪癖を、抑えなければならん。『ギルガレア』の動きが、脳裏によみがえる。とてつもない速さだったな。アレと、戦うか。竜太刀と『竜鱗の鎧』を携えて……。
……もちろん。ガマンするさ。運命が用意してくれれば別だが、作戦が用意している筋道はあの神々たちとの衝突を予定してはいなかった。
「南のエルフの長老たちからも、きっと、情報が手に入るわ。どんな対処を選ぶにしたって、情報がそろってからの方が理想的でしょう。優先順位を、違わないように」
「心配するな、分かっているよ。プロフェッショナルとして、当然のことをするさ。では、行ってくるよ。ドワーフたちを解放し、南に向かう帝国軍どもを、妨害するために」
ビビアナ・ジーにうなずかれ、フリジア・ノーベルからは祈りを捧げられる。会議で忙しいガンダラとメダルドにはあいさつしなかったさ。すべきことを果たすことで、彼らの努力に報いた方が早いからだし、またすぐに戦場で会える。
オレたちだけでなく、大半の戦力が『オルテガ』を目指して出発することになるのだから。
ジーの屋敷を出発し、あわただしさに支配されたままの『ルファード』の街並みを進む。港にはゼファーとジャンと、ルチアが待っていてくれたよ。このチームで、南の廃鉱を攻めることになる。




