第二話 『無償の罪に、この手は穢れ』 その百七十
甥っ子に負けるわけにはいかないからな。姉貴から、ガルーナのストラウス家の技巧を受け継ぎ、ファリス帝国で育ち、まるで、どこかの赤毛がしたかのように、大陸各地の戦場を渡り歩いている。
オレよりも、はるかに素直さを帯びた成長をしているだろうよ。オレとの敗北さえも糧にしながら。まったくもって、とんでもない脅威であり―――それでいて、やはり楽しみじゃある。
「余裕か?笑うとはな」
「余裕というわけではない。ただの、戦士が持ちうる悪癖ってものだよ」
「使い手は、雑念が多い」
「鋼のように、哲学そのままでいることを目指すものだが、難しいものさ」
「フン。貴様のような達人は、それを放棄することは許されん」
「そうだな。勝って築いた名誉がある。ガラハドも含め、強者を倒した責任もある。無様な戦いをするわけにはいかないな」
「その通りだ。責任を、貫け」
「そのためにも、もっと一般論を教えてくれ。強く在りたい」
「いいだろう。鋼を追い求めた者たちの、物語は数多いのだから」
竜太刀の整備を続けながら、『奇剣打ち』は多くを教えてくれたよ。呪われた鋼と出会い、間違った使い方をした者たちの失敗談だ。全ての失敗を体験するには人生というものは、あまりにも短いものだから。ヒトは物語に頼るのだよ。
命の短さと儚さに、戦士は一種の美徳を見出してしまうところがあるが……刀匠たちは違う感情を抱くようだな。
彼らは、戦士たちとは異なり、奪うことを目指しているわけではない。性能を目指した結果として、ヒトの生き死にというものが付属するに過ぎん。とはいえ、『奇剣打ち』は戦士を道具と見做してもいる点は多々目立つがね。
「呪いの鋼の使い手としての有名な物語は、伝えた。あとは、この『人魚』から教えてもらえ」
「ええ。先んじて聞かせていただいた物語を、あとからリングマスターに伝えます」
「そうしろ。私も、忙しい身だ」
「オレたちもな。新たな任務がある」
「戦を終えたばかりでか。竜太刀に負荷をかけ過ぎるなよ」
「そう、だな」
「……貴様のような男には、そもそも無理な注文だということか」
「敵が多い。今度は、状況次第では『神さま』とも戦うことになるかもしれん」
「『ゼルアガ』か」
「そうかもしれんし、違うものかもしれん。呪いで、『ゼルアガ』に匹敵するモノを生み出すこともある」
言わば、『人造の神』とでも言えば良いのだろうかね。レヴェータどもと『エルトジャネハ』だとか、『ヴァルガロフ』の『オル・ゴースト』どもが作り上げた戦神の化身もいる。ヒトの呪いが折り重なることで、強大な力を持った『人造の神』が生まれることもある。
ただの、呪いと祈りと、欲望の産物であり、神聖な存在でもないのかもしれないが。力は、ときに『ゼルアガ』を超えることさえあった。
「帝国兵だけと戦っているのであれば、竜太刀やマシューズの遺作が、これほど消耗することもないというのに……『神』と戦うか」
「楽しくもある」
「変人だな」
「アンタに言われるとは、光栄だよ。どうあれ、助かった。どういう経緯か知らんが、『竜鱗の鎧』の世話をしてくれるとは」
「たんなる偶然だ。『モロー』の知人から、食事に招かれていた。そこに、マシューズの遺作が預けられていると聞き、少しばかり要らん世話をした」
「運命ですわね。きっと、甥っ子さまの魂が、導いてくださったのですよ」
「いいや。ただの、偶然に過ぎん。だが、経験を積めたのはありがたい。呪いの鋼たちと、その使い手どもに会えるとは。貴重なことだ……私は、新たな作品へと取り掛かる」
「しばらく『ルファード』に滞在するのか?」
「適した場所を、探すのみ。ここである必要はない」
「なるほど。アンタが手を貸してくれたら、『ルファード』も助かるのだがな。仕事は、多くある」
「求めているのは、仕事の数ではない。質だ。我々の命は、やがて尽きる。作りたいものを、より多く作り切ってから、死にたいのだ」
「そうか。邪魔はせん。敵とならない限り。敵に、アンタが鋼を提供したとしても、恨むことはないだろう。そして……」
沈黙する。
この男に対して抱いてしまった感情を、どう扱うべきか数秒間ほど迷っていた。しかし、迷いの時間を経由したところで、結局のところ変わることはない。本当に求めている選択肢というものは、揺るがないものだからね。
「……オレが、ガルーナ王になったときには、好きに鋼を打てる場所を用意してやろう。死ぬまでに、ガルーナに足を運んでみるがいい。オレのために、鋼を打てとなど言わんが。マシューズの遺してくれた『竜鱗の鎧』への恩に、報いてやるぞ」
「パトロンは、多いほど困らん。貴様が、ユアンダートを討ったならば、ユアンダートの代わりも務めるべきだな。帝国側のパトロンが、この数か月で、ずいぶんと死んだ。呪いの鋼の伝説が、増えたことは、好ましい」
涼やかな顔で、『奇剣打ち』はつぶやいた。迷いなどないのだろう。ただの本性だからな。尊敬すべき点もある。問題だと思うべき弱点や欠陥を抱えてもいる男だが、魔の棲む深さに君臨する天才ではあった。




