第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その百十六
上空に戻れば、『新生イルカルラ血盟団』とアルノア軍の戦いは進展していたよ。最高の形となってな。囲い込んだアルノア軍の騎兵目掛けての射撃の雨は続き、騎兵たちは完全に立ち往生状態となっていたな。
ラクダ騎兵たちも前進して、アルノア軍の弓兵どもが前進してこないようにプレッシャーを与え続けている。
おびただしい数の騎兵が矢に射られて倒れている……足の踏み場もないようなありさまで、それゆえに脱出は困難だ。
『しんだうまのせなかに、かくれているねー』
「そうだな。三方向から矢が飛んでくる。身を伏せて、祈り続けるしかない」
「もはや、戦意を維持している者の方が少なそうだな……」
「アルノアの騎兵どもの大半は死んだ。後退した一部の騎兵と、弓兵主体の歩兵が敵だ」
「では、そいつらを上空から射殺してやるべきだな!」
『さんせー!!やのうちあいで、ひがいがでてるもん!!』
「ああ。援護してやるぞ!!……まずは、北に行くぞ!!手薄だからな!!」
『第六師団/ゲブレイジス』の騎兵たちも矢をラクダ騎兵たちに補充されてはいるが、いくらなんでも体力の限界ではあるからな。ベテランは強いが、体力は少ない。
ゼファーで突撃して、リエルと共に援護射撃を開始する。指揮官狙いは変わらん。
「りゅ、竜が、また来やがったぞおおおおっっっ!!!」
「相手にするなあああああッッッ!!!突撃を援護する気だッッッ!!!」
「バカ言え、攻撃しなければ、一方的にやられちまうだけなんだぞッッッ!!!」
混乱を深めてくれているようで、何よりだな。残酷な気持ちを隠すことはなく。猟兵夫婦の矢の連射が、敵兵を次から次に射殺していく。反撃の矢も飛ぶが、ゼファーの高さと速さに届く矢はない…………いいや。なるほどな。
「北の部隊は、矢が尽きようとしている」
「……む?そういえば、確かに矢の数が少ない……」
『やづつが、からになっている……そういうてきもいるよ!!』
俺も魔眼で確認しているぜ。アルノア軍の物資もチクチク攻撃して来てはいるが、その影響も出始めているか。北側の部隊はそもそも『第六師団/ゲブレイジス』の軽装騎兵たちと矢の撃ち合いをして来てもいたんだよな。
……陣形を組み直すときに物資の交換まではしなかったわけか。
「矢筒が空になっている兵士は……」
『てきのうちがわにおおい!!』
「外側の兵士に矢を渡したわけだな!」
「あちらさんの物資不足も大きいようだ。もうしばらく、矢で敵を減らせば……突撃で蹴散らせるだろうさ」
「知らせるべきか?」
「いいや。変に動くと警戒されちまう。ここは、マルケスが気づくのを待つとしよう」
「気づく……か。我々よりもベテランだ」
「そういうことだ!今は、赤い兜のヤツらを地獄に落としてやるぞ!!」
「うむ!!」
手元にある矢の全てを撃ち尽くす気持ちで、オレとリエルは射撃を続ける……罪悪感を覚えもするほど楽な仕事だな。以前、ハイランドでピエトロ・モルドーが初めて敵兵を射殺したことをストレスに感じていたことを思い出す。
オレはストレスには感じないがな。帝国人が嫌いだし、経験値がこの遠隔的な殺人に慣れを与えているし―――弓を使った殺人へリスペクトを持っているからだ。迷うほどの甘さは、もはやオレにはない。
残酷な貌になりつつ、敵の命を鋼の鏃で貫いていくのみだ。
「……アルノア軍の動きは、緩慢になっているな。攻撃か、守りたいのか、分からなくなっているぞ」
敵の頭を射抜きながら、リエルが訊いてきたよ。
「ヤツらも『引き際』を考え始めているということだ。主力の騎兵を殲滅されている最中だからな……アレが終われば、騎兵たちはゆっくりとアルノア軍の歩兵も仕留めていく。迷っているのさ」
『まよう……?こうげきか、にげるか、ふたつしかないのに?』
高度な知性を持っている竜からすれば、ヒトが二択しかない問題で迷うことは、あまりにも衝撃的な愚かさに感じてしまうのかもしれないな。
愚かな敵兵の頭を射抜きながら、オレはゼファーに答えたよ。
「ヒトは弱い。認めたくないほど辛辣な現実を目の当たりにすれば、現実から少しばかりのあいだ逃げてしまおうとするのさ」
『そうなんだ……』
「ヒトは弱く、不完全だ。だからこそ、仲間を頼る必要がある。それは、竜も同じだ。仲間と交わることで、『家族』と共に戦うことで、オレたちは強くなっているだろう、ゼファー」
『うん!!』
「支えて、束ねて、強くなれる。だからこそ……今のアルノア軍は弱い。バラバラだ。まだ負けないと考えているヤツもいるし、もう負けたと考えているヤツもいる。攻撃したいと願う者も、逃げ出したい者もいる……ゼファー、ヒトは迷うことで弱くなる」
『それを、つくるんだね!』
賢い竜はオレが何年もかけて学んだことを、もう知っていたよ。そうだ。敵の迷いは自然に発生するのを待つだけのものじゃない。こちらが誘導してでも刻み付けるものだ。
「そうだ。ゼファー……少しだけ、高度を下げれるか」
『……うん!ぎりぎりを、ねらうっ!!……きづかせるんだね!!』
「ああ。『こちらが知っていることを教えてやるんだ』。お前たちの矢が尽きかけていることを、知っているのだと脅しをかけるのさ、アルノア軍に」
「……だが、気をつけろよ。私も、緊急時用に『風』を用意しておくが」
『いける!!やるよ、てきをこんらんさせれば、なかまを……『かぞく』をよりまもれるもん!!れいちぇるも、きゅれねいも、くくるも、がんだらも……どぅーにあも……ぎゅすたーぶも……たくさん、いるもん!!』
「くくく!そうだな。いつの間にやら、大所帯となっているもんだ……さてと、やるぞ、ゼファー!!」
『うん!!ちょっとだけー……ひくくとぶーッッッ!!!』
ゼファーが翼を羽ばたかせて、高度を20メートルほど大きく下げる。3秒だけの降下だ……その時間が過ぎれば、オレは鉄靴の内側を使い、ゼファーに高度を取らせていたよ。翼が空を高き、再び地上からの矢が不可侵の高さへと舞い上がる。
「……矢が、ほとんど、飛んでこなかったぞ!」
「気づいたな。アルノア軍も……それに、マルケス・アインウルフもな」




