第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その百八
ゼファーは空で大きく左に旋回すると、そのまま『ガッシャーラブル』の城砦を越えた。目指すのは『カムラン寺院』の中庭だ。拠点とするには最適の場所だよ。それに、もう猟兵たちが戻って来ていたな。
銀色の髪の美女と水色の髪の美少女さんが、こちらにむけて手を振っていた。母性あふれる微笑みと、愛くるしい無表情のままな。
『ちゃーくちっ!!』
翼を羽ばたかせながら、ゼファーはかかとの蹴爪から着地を行う。石畳を体重で鳴らしながら、ゼファーは地上に戻った。すぐさま、オレたち三人は飛び降りる。休息させるためと……リエルは『マージェ』だから、矢傷の確認を行う。
「ゼファー、傷は無いな?」
『んー。あったとしても、たぶんかすりきず』
「油断はいかんぞ。毒薬が鏃に塗られているかもしれないし、呪術がかけられていることもある」
『……じゅじゅつ……にがて……っ』
姉貴のところの小さな呪術師に操られた失態を、ゼファーは忘れてはいない。リエルのチェックを受けておくことは損にはならんな。夜の闇に紛れた戦闘とは異なり、太陽の光の下での戦いだ。
あちらの作為を帯びた攻撃―――竜用の呪術でも使われている可能性は否定できん。ランドロウ・メイウェイも呪術師を南方の戦線から呼び寄せていた。アルノアも、呪術師の一人や二人は確保しているかもしれん。
オレは眼帯を外す。リエルのチェックだけでも、おそらくは十分だろうが、念を押したくなった。腰の裏にぶら下げている『支配者の本』、あの毒々しいまでの呪われた人皮の本が意識に登るからな。
ゼファーは『ドージェ』と『マージェ』にチェックされて、少し恥ずかしがっている。だが逆らわないさ。『ベイゼンハウド』では呪いに操られて、オレたちの元から盗まれてしまうところだったから。
『……だいじょうぶ、だよね?』
「大丈夫だ。矢傷はない。魔力の流れも正常だ!……ソルジェは?」
「こっちも大丈夫そうだ。『呪い追い』は発動しない」
『……のろいたいさくは、してるけど……『どーじぇ』と『まーじぇ』にしらべてもらうと、あんしんだねー!』
ブンブンとしっぽを振りながら、ゼファーは安堵の鼻息をプシューと吐いた。
「良かったでありますな」
「無事で何よりですわね、ゼファー」
『うん!きゅれねいと、れいちぇるは、だいじょうぶ?』
「イエス」
「ええ。東側の城砦は、リングマスターたちのサポートもあったおかげで、暇なものでしたわ」
ヒマというほどではなかったはずだ。レイチェルもキュレネイも返り血で染まっている。『諸刃の戦輪』なんて楽し気にギチギチと動いていやがるよ。ギザギザの刃のあいだにある血を呑み、肉の繊維を喰らっているに違いない……。
だが、手傷を負わなかったのは事実だ。
「無事で何よりだ」
「ええ。ククルも無事を確認していますわ……ほら、あちらに」
「ソルジェ兄さーん!!」
我が妹分ククル・ストレガが元気よく走って来ていた。カタパルト部隊に絶妙な指揮を与えてくれていたからな。前線には出ていないから、戦闘での負傷はないはずだが―――。
「ククル。無事だったな?」
「え?はい、裏方……みたいなものでしたし」
「大型の兵器を使っていたからな。現場での事故はつきものだ」
「は、はい。実は、何度か壊れそうになったり、張り詰めていたロープが計算外のところで千切れたりはしましたが、私は無事でした」
「そうか。よくやった。次の突撃には、お前も前線に出てもらうことになる。無事であったことは兄貴分としてうれしいのはもちろん、団長としてありがたい」
「は、はい!がんばらせていただきますね、ソルジェ兄さん!」
「ククルちゃん、頑張ってねー。ミアは、突撃は苦手だから、『ガッシャーラブル』を守るから――――――お兄ちゃん」
「どうした、ミア?」
「……道具袋の中に、元気なお魚さんがいる……?」
魚を押し込んではいないが……心当たりは十分すぎたな。
「ああ、戦場で血が流れ過ぎたから、反応しているのかもな」
人皮の本を、オレは取り出していた。手の中で暴れやがる……。
『ほんが―――』
「―――あばれてるねえ?」
「イエス。変であります」
「呪われた品ですわね」
「君の戦輪と同じ気配を感じさせる動きだよな」
「私の『諸刃の戦輪』は、もっと狂暴そうに蠢きますわ」
微笑みながら言われると、リアクションに困ってしまうな。しかし、反論の余地もなかったよ。
「……『古王朝のカルト』の品だ。ヒトの生き血に反応するシロモノなんだが、戦場の風に含まれる血でも反応したのかもしれんな……あるいは」
「あるいは?なんだと言うのだ、ソルジェ?」
「いやな……この戦場で『古王朝のカルト』の呪術を使おうとしているヤツでもいるのかもしれん……」
その考えが正しければ―――オレの『呪い追い』は完成に近づく。そうすれば、少なからず視界に変化が現れるかもしれんと期待したが、『呪いの赤い糸』を紡がれることもなく、やがて『支配者の本』はその動きを鎮めていった。
「ふむ。死にかけのエビみたいで気持ち悪いから、焼き払うべきだぞ」
女子の言葉は正しくて率直だった。
「イエス。リエルの言う通り、その不気味な呪われたモノなど、焼いてしまうであります」
「蛮族らしく書物を焼くっていうのもガルーナ人らしくていいし、オレだってこんな不気味本をコレクションする趣味はないんだが。敵サンの欲しがっていたものだからな……後々、エサに使えるかもしれない」
言い訳めいた雰囲気になったが、それは事実ではある。それに、化粧した牛の神さまも夢に出てきたせいか、今すぐこの邪悪な本を処分するという気持ちにはならなかった。オレは行動力のあるレイチェルあたりに、邪悪な呪いの本を焼かれる前に袋にしまい込んだ。
「……『古王朝』……」
ククルが反応しているな。
「『メルカ・コルン』は『古王朝』に詳しいのか?」
「はい。少しは……星の魔女アルテマも研究していましたから。私が継承した記憶のなかには、それなりの知識があるはずなんですが……」
「はずなのに。ククルちゃん、思い出せないの?」
ミアの素朴な指摘に、ビクリ!とククルは身を震わせていた。
「い、いえ。あ、あのその、そ、そのうち、きっとですね……っ!?」
「……まあ、今は『古王朝のカルト』はどうでもいい。戦の準備に集中するぞ」
「うん!」
「は、はい!」
「イエスであります」
「む。ソルジェよ、クライアントの登場だぞ」
「お姫さまと……ガンダラとカミラもいますわね」
馬に乗った三人と、『新生イルカルラ血盟団』の精鋭騎兵たちがオレたちに近づいて来ていたよ。
「なかなかの名演説だったぞ、ドゥーニア姫。空元気ではあるが、士気は上がった!」
「それが狙いの演説だったから、効果としては当然。それで、そなたの猟兵たちは貸してもらえるんだな?」
「もちろんだ。騎兵に乗って、そこにいるガンダラと……レイチェル・ミルラ、キュレネイ・ザトー、そしてククル・ストレガが参加する。オレとリエルはゼファーで突っ込むぞ。ミアはお留守番……ラシードもそうだが、後方支援を残すべきだ」
「……ラシード…………ああ。なんとも相応しい役目だ。保険にするため、あえて誘いはしなかった」
もしものことを考えてはいる。不測の事態に備えるために、ベテランを残しておくべきさ。ラシードの経験値ならば、まったくもって問題がない。
「『太陽の目』も、後方待機か?」
「一部を除いてな。彼らは、私たちの戦術には不慣れだ」
「なるほど。蛇神の僧兵は馬には乗らないか……だが、結果的には悪くないな。この街を守ることに彼らは長けている。粘ってくれるさ」
「背中を任せる……僧兵たちを信じているよ。街も私たちも守ってくれる。そうなる方が、敵の意識も分散できる。とくに『彼ら』からは目を離しておきたいからな」
「マルケス・アインウルフの騎兵たちも必ず動く。動くために、マルケスは仲間を煽っていたからな」
「……彼らのことも信じよう。魔王殿が、信じているのだから」
「そうしてくれていい。アルノア軍の意識は北に誘導できるさ」
「……プラン通りか」
「問題はない。こういうときは、一気呵成に攻めて決めるべきだな……では、先行してくれ。ガンダラ以外の猟兵は、第二波以降だ。十数分だろうが、しっかりと休ませてもらう」
「半ば徹夜だ。そなたたち、十数分の猶予しかやれないが……頼んだぞ」
猟兵たちはうなずいたよ。皆、戦が好きな連中でもあるからな。好戦的な微笑みを浮かべているのさ。
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