第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その九十三
敵の騎兵を蹴散らしながら戦場を駆け抜けたマルケス・アインウルフたちは、強さを見せたが疲れてはいる。そこに背後からアルノア軍の騎兵たちの後続集団が襲いかかれば、かなりのリスクとなるが……。
『……たいれつが、みだれているね!!たきびの、おかげだ!!』
「そうだ。長くはもたないまやかしだろうが……わずかな時間でもあれば十分だ」
……ザック。そう呼ばれた男は、単騎での突撃を見せようとしていた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
言葉などで飾ることはない。ただ戦士らしい歌を放ちながら、騎馬をアルノア軍に向けて走らせていく。
ただ一人の突撃。それが、戦場を決定づけるようなことはない。だが、戦場の英雄が歌となって、酒場で赤ら顔どもに好まれるのは戦術的な有効さがあるからだ。
命を惜しまないザックの単騎駆けは、マルケスたちの背後を取ろうとしていた敵騎兵の出鼻を挫く。細い槍の突きは見事に獲物を穿ち。振り回された槍の柄は若い帝国人のアゴを打ちぬいた。
「こ、こいつ、一人で!?」
「ザック大尉っ!!」
「一人で、特攻したっていうのかッ!?」
「―――罪深い自分を、浄化するにはこれしかないッ!!信頼は失ったッ!!仲間はもはや共に駆けることはないッ!!だが、だが、それでもッ!!オレの忠は、『第六師団』と仲間たちにいつでもあったッッッ!!!それを、お前らの血と命で、示してやるッッッ!!!」
敵騎兵に囲まれながらも、ただひたすらに前進していくザックがいた。ヤツの騎馬も狂暴だ。怯えることがない。行く道を塞がれたら、相手の馬に噛みついていく。
なるほど、あの馬も、あの男も……多くの戦場を勝ち抜いてきた猛者なのだろう。一つになって獣のように暴れている。跳ねて、叩き伏せる。たとえ、槍や刀の鋼を身に浴びようともな……。
「ハハハハハハッ!!」
「ヒヒイイイイイイイイイイインンンッッッ!!!」
死地に赴く戦士たちは、敵の返り血と自らの流血をまき散らしながら、悪鬼のような貌で笑う。
強さと、その意志の表現に圧倒されることで、帝国の騎兵どもの動きは押しとどめられる。まだ20人は殺してはいないが、それでも役目は十分に果たしつつある。それでも、帰る場所のない男は、愛馬と共に黄泉路を進む。敵の群れのなかにだ。
敵に見せつける。
敵を威嚇し、その動きをとどめるために。
ただ、仲間を守るために……その男は笑い続ける。
メイウェイを刺したことも、仲間を守るためだった。ザックという男は、ガンコで一途で健気ではある。神さまや運命は、そういう男に救いなんて与えてやることはない。ただ惨めに死ぬ結末を用意するが……。
ヒトってのは、愚かでな。
非合理的なことだって選べちまうんだ。神さまの意地悪に負けたくないって叫ぶみたいにな。
孤独な闘争の果てに死ぬ予定だった男の運命はもう変わらないが。それでも、十数人の戦士たちがついて来ていた。
古強者たちは馬を走らせ、笑いながら死にゆく騎兵のもとに迫る。蹄の音を響かせながら、その名前は歌われた。
「ザックううううううううううううううううッッッ!!!」
「まだ、死ぬなあああああああああああああッッッ!!!」
騎兵の一団が、ザックとその周囲にいる敵兵を目掛けて突撃する。
槍と騎兵の体重が一つになり、ザックの周囲にいる敵を津波のように押し退けていった。
「死ぬなよ!!」
「もう少し、がんばれ!!」
「ここで、時間を稼げばいい!!そうすれば……生きて、戻れるぞ!!」
戦術は動いている。貫いた敵の前後に、少数の『第六師団』が差し込まれることで、敵を分断しつづけ、突撃したマルケスたちを守っている。北東に陣取る部隊が機能して、アルノア軍の最前列にいた騎兵どもの動きを挟むことで殺し続けていた。
見事な動きだったよ。
『ラーシャール』で見たメイウェイの指揮も素晴らしいものだったが、これも完璧だ。マルケス・アインウルフと『第六師団』だけの力で、ここまで出来た―――アルノアの騎兵どもは、メイウェイ負傷の報せで楽勝ムードになっていたが、これで思い知らされただろう。
マルケス・アインウルフの帰還の真実と、真なる『第六師団』の強さをな。
……血まみれのザックは、誇らしく笑っていた。
だからこそ、止まることはない。仲間たちを死地に招かぬように、敵の群れに身を晒すように進む。
「我らこそ、帝国最強の騎兵隊ッ!!『ゲブレイジス』ッッ!!マルケス・アインウルフ将軍閣下の軍勢だッッッ!!!」
「と、止まらない!?」
「もう、死ぬ寸前のはずだぞおおおッッッ!!?」
「命など、とっくの昔に、捨てて来たんだよおおおおッッッ!!!この、若造どもがあああああああッッッ!!!」
鋼が暴れたが……その威力は明らかに少ない。手痛い反撃をもらうな。いいさ。それでもいい。十分、よくやった。
鉄靴の内側で、許可を与えていたよ。
夜の空のなかに、漆黒の翼は雄々しく広がった。
風を包むための動きなどではなく―――風の囚われから解放されるための動きを選び。
ゼファーは歌と共に加速する。
『GAAAHHHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
竜の歌は金色に渦巻く煉獄の劫火を呼び覚まし、螺旋が絡まることで生まれた火球は空を穿つッ!!
帝国騎兵どもの群れの一団を、金色の爆撃が焼き払っていたよ。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッッッ!!!
金色と赤に彩られながら、生贄の供物みたいに命は奉げられていた。
「りゅ、竜だあああああああああああああああああああああッッッ!!?」
「竜が、出たぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
「矢を、矢を放てえええええええええええええええええええッッッ!!!」
帝国軍左翼に展開している弓兵たちが、ゼファーの爆撃に気づき、空へと向かって精度の悪い矢の群れを走らせる―――もちろん、当たってやりはしない。
角度と矢の距離。それに、高度と、北から振り下ろされる『ガッシャーラ山』の風に守られながら、ゼファーは安全な距離へと浮上していた。
ムダな矢を撃たせる……そして、それと同時に敵の動きを少しばかり反らしてやったぞ。
……だから、戻ってもいい。役目は果たしたぞ。
『―――オレは、『第六師団』だったかい……?』
古竜アーレスのくれた魔法の目玉の力は、今宵も死者の声をオレに届かせた。弱りながらも戦場を進む馬の背で……死者はただぐったりと前かがみに頭を垂れていた。それでも、槍に指は絡めている。
「……ああ。お前は、魂の底までもが、『第六師団ゲブレイジス』だったよ」
その言葉を伝えたあとで、オレはザックに合流しようと奮戦していた男たちに告げる。
「十分だ、下がれ!!マルケス・アインウルフたちは、すでに反転して戻ろうとしている!!オレたちが目立っている今なら、北へと戻れるッ!!『第六師団』であるなら、最善の戦いをしろッ!!あのザックという名の男のようにッ!!」
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