第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その九十
鉄靴の底で砂を踏みながら、今にも泣き出しそうなミシェール・ラインハット曹長とザックという裏切り者のところに歩く。
裏切り者のザックは……オレを涙があふれた瞳で見上げてくる。
「……お前が、オレを殺すのか、ソルジェ・ストラウス……」
「罰を与えなければならんからな」
「……そうだ。そうだな…………オレは……」
「私が、私が斬るわ!!」
少女は剣を振り上げるが、そのまま振り下ろせはしない。オレが手を差し伸ばして邪魔したからだ。オレの腕ごと斬るほど、暴走してはいない。それに、実際にそれを試したところで、『竜爪の籠手』は切り裂けないがな。
「……どうして、邪魔するのよ!?」
「君がこの男の血などで穢れる必要はないからだ」
「……私は……もう、とっくの昔に穢れているわよ」
「いいや。そんなことはない。君は間違ってはいない。戦場では、色々なことが起こるものだ」
「……そんな言葉で、私は……納得できない」
「しなくてもいい。今は、君の納得に付き合ってやる時間ではない」
竜太刀を抜き、ザックに突きつける。
古強者であるザックは、顔の多い傷をしていたな。何度も死線をくぐって来た男は、殺意に怯えることはない。それどころではないという顔をしていたな。今のヤツは……運ばれていくメイウェイを見ている。
老医師と兵士たちに連れられていく。殺し損ねた獲物を見る目ではない。ただ、悲しそうに涙で輝いていたよ。
「……オレは依頼を受けたぞ、メイウェイからな」
「……ああ……殺すんだな」
「……違うな」
「……え?」
「メイウェイは首を横に振った。その意味は、お前を殺す権利を、オレには委ねないということだ」
「……じゃあ、どうするんだよ」
「責任は取ってもらうぞ。ザック。今の戦況の悪さはよく理解できるな」
「……ああ」
「当然だな。だからこそ、君は衝突を回避して、仲間たちを生き残らせようとした」
「……そうだ。そのつもりだった…………」
「勝手なことを!!」
若い娘が牙を剥き、靴底で荒野を荒々しく蹴りつける。ザックは、ただ顔をしかめるだけだったな。
「……お前に仕事をくれてやるぞ、ザック」
「……仕事?」
「分かっているな。裏切り者のお前には、もはやここに居場所はない。だが、今はわざわざ使える戦力を処分している暇はない」
「まさか……オレに……」
「出撃しろ。武装して、マルケス・アインウルフの背後を守るために、ただ一人で敵に向かって突撃するのだ。戻ることは許されん。不帰の旅だ。20人殺して、そのまま礎となれ」
「……機会を与えてくれるというのか」
「そうだ。死ぬ機会をやる。名誉回復ではない。ただ、お前を有効な戦力として消費するための冷酷な判断に過ぎん」
「それでも……ありがたい」
「……ソルジェ・ストラウス。それで、いいの?……ザックが、また裏切るかもしれないじゃない……」
「そんな評価の男なら、メイウェイも死を望んだ。それに、マルケス・アインウルフが殺している。君もな」
「……それは」
「死ぬことを恐れてはいないな、ザック。あの場所でメイウェイを襲えば、生きて戻れる保証はなかった。貴様は、仲間のために行動したというのは事実だ」
「……間違ったけどな……」
「いいや。一人の男が『家族』を犠牲にするような選択をしなければ、この状況はくつがせなかった。貴様は、大したことをやってのけたんだよ」
心意気は買う。裏切り者だとしても、その理由は仲間を生かそうとした。この不利な戦いを、そもそも始まらせないことで。アルノア軍に降伏するところだったが……マルケス・アインウルフが姿を現して、自分の『家族』を危険に晒す選択をして、救ってくれた。
……オレは、内心ではかなり怒ってはいる。マルケスは、この選択に必要なかったリスクを背負うことになったんだからな。だが、それでもなお、殺さなかった。この男の戦歴と実績を信じた。
「マルケスが信じた。ならば、オレも信じてやる。メイウェイが許した。ならば、オレも許そうじゃないか。あとは、この少しだけ救済の色合いを帯びた道を、選ぶかどうか。全ては貴様次第だぞ、ザックよ」
「……戦わせてくれるなら。死んでみせる……最悪に近いことにはなるだろうが……オレは、特攻してやるよ。少しでも、マシな戦況を、皆に与える」
「なら、いい。立ち上がれ。自分の馬に戻り、後続部隊の隊列に戻れ。仲間たちの冷たい視線を浴びながら、特攻してみせろ」
「……ああ」
ザックは立ち上がる。体についた砂を払うこともなく、迷うことなく自分に近寄って来ていた愛馬へと向かうのだ……甘い判定?そうだと思うが、しょうながい。傭兵に意思決定権というものは、そう多くはない。
「……これで、いいの……?」
迷える若者は素直な口でそうつぶやいた。
「いいかどうかは、あの男の死にざま次第になる。役に立って死ぬか、無様に死ぬかは、もはや、全てはあの男次第だ。メイウェイやマルケスは、役に立つと判断しているのだろうがな……」
「……私は、斬れなかった。斬れなかった私には、何も言う権利はないわね」
「それでいい。あの男のことは、気にする必要はない。君は、メイウェイの護衛についていろ」
「私に命令するの?」
「命令するさ。ついさっき、オレはメイウェイに雇われた男だし、この戦の作戦立案者の一人でもある。軍曹、さっさと持ち場に行け。メイウェイの盾として、彼を必ず守り抜いてくれ。君ほど信用できる者を、他に知らないんだよ」
読んでくださった『あなた』の感想、評価をお待ちしております。
もしも、『最後のチャンス』を気に入ってくださったなら、ブックマークをお願いいたします。




