第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その八十四
ランドロウ・メイウェイの部下たちは喜んではいた。
「……これで、少しは死ぬ意味が出来る……」
「……砂漠の民か……オレたちは……そうだな、もう、ここで生きている」
「……メリイ、ロジー、オレは……君らに何かを遺せるのだな」
静かな喜びではある。ドゥーニア姫の行為を否定する気はないだろうが、心の底から納得することは難しい。古強者だから、死地に向かう覚悟は決められるが、引かれる後ろ髪はありもする。彼らにも家族がいるのだからな……。
……彼らは、そうだな。
もう、すっかりと『メイガーロフ』人じゃある……この土地の人々と同じように、帝国軍と敵対している。
そうだ。オレが怒りや憎しみを抱く対象ではなくなっているってわけだ。
少しばかりしんみりしてはしまうが―――古強者たちは、こんな感傷では怯まない。死に価値を見つけた。帰らなかったとしても、家族には一定の保証が与えられる。シビアな現実ではあるが、それは尊い価値があるさ。
「……ソルジェ・ストラウス殿。ドゥーニア姫に伝えてくれるか」
「ああ。伝えるとも」
「私たちは、必ずや全霊を尽くす。私たちが戻らなかったときは……私たちが守るべき人々を頼むと……」
「いい返事だ。ドゥーニア姫も、その言葉に敬意を持つだろう。君たちは、砂漠の戦士の生きざまそのものを貫こうとしている」
「そうだな。私たちは、そういう存在になるのだ」
「……戦略的な理由からではなく、ただのリスペクト由来の言葉として言うぞ。君たちに武運があることを、オレは祈ろう」
「……憎むべき相手ではないと?」
「そうだ。君らは、もはや『メイガーロフ』の一員だからな……オレは、『メイガーロフ人』を憎む道理を持ちはしない」
「……その言葉は、誇らしい。姫に伝えてくれ。私たちは、砂漠の戦士として扱われることを誇りに思うと」
「わかった。敵を多く倒してくれ。ランドロウ・メイウェイ」
……なかなか素直になれないのが、ガルーナ人の男なのだが。オレはメイウェイに向けて右手を差し出してみたよ。
メイウェイは少しばかり驚いていたようだ。ヤツの洞察眼は、オレをこういう行いをする人種だとは考えてはいなかったらしい。オレも、自分らしくはない行いだと分かっちゃいるが……。
ハグするほどの仲でもない。これぐらいで、ちょうどいいさ。
疲れた顔の男は、少しだけ微笑みながら、オレの武骨な右手を自分の右手で握っていたよ。
……無言だったな。照れくさいわけではない。どんなリアクションをすべきか、オレもメイウェイも迷っていただけだ。
「……ではな、戦え、『メイガーロフ人』」
「ああ。そちらこそ、戦ってみせてくれ。君たちこそが、戦の要なのだから、よく敵を倒せ」
「当然だ」
この戦場で、誰よりも多く殺す男でありたい。子供じみた願望を、オレは抱いている。立ち去ることを選んだ。ギュスターブとマルケスは、どうやらミシェール・ラインハット軍曹に馬を貸してもらえたようだ。
ギュスターブは細身だが、筋肉質の馬を選んでいた。よく跳ねそうな馬だったよ。マルケス・アインウルフは大きな栗毛の馬を選んだ。気の強そうな馬であったが、マルケスの馬術の前に御しきれない馬は極めて例外的だろう。
すぐに荒れた馬の背に乗っていた。荒れ馬は、やたらとしおらしくなっていたな。
「す、すごい、この子、誰にも懐かなかったのに!?」
「誇り高い馬なのさ。私は、そういう馬にリスペクトを奉げる……だからこそ、馬から懐いてくれるのだ」
「……あなた、何者なの?」
「ただの馬上の中年さ」
「……只者には思えないけれどね」
はあ、あまり目立つようなことをするべきじゃないハズだが……マルケスは、戦に馬と共に挑むことを喜んでいるのかもしれん。
オレはゼファーを見た。ゼファーもこっちを見て、金色の瞳をパチパチとさせている。少し落ち着かないようだ。敵との戦いが待ち遠しくなっている。ストラウスの竜として、実に相応しいことだ。
皆が浮足立つほどには焦り、集中してもいる。そして、死の運命と対話するように、無口にもなる。
……戦の前に、ときどきこうして脱力した静けさが戦場には漂うこともあるもんだ。どこか非現実的な場所にいるような……不思議な穏やかさで―――?
ザガシュッ!!
鋼と肉を貫く音が聞こえた。オレではない。オレに向けられた殺気なら、もっと早くに気がつけたはずだったよ。
背後を振り返る……すべてが、ゆっくりと動いているように見えた。圧倒的な不吉が重しとなって、世界の動きが遅くなっちまったようだ。
「…………どうして、君が……?」
その男は訊いていた。自分を刺した、帝国兵の鎧を着た『メイガーロフ人』に……。
「…………私は、私は……っ。家族を……もっと、楽させてやりたかっただけなんです。すみません、ランドロウ……私は……罪深い……っ」
ミシェール・ラインハット軍曹が叫んでいたよ。走り出していたオレの背中を、悲痛な声が押していた。
「メイウェイ大佐あああああああああああああああああああああああああああッッッ!!?」
そうだ。ランドロウ・メイウェイが殺気を向けられた被害者だった。今、あの男は、ずっとそばにいた護衛の一人によって、剣を突き立てられていた―――。




