第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その八十三
『じゃあ、おーりーるーねー!!』
ゼファーはそう語りながら、地上に向けて高度を下げていく。軽装騎兵たちが弓を引くことも、構えることもなかった。いい統率力だ……この結束ならば、十二分に使える。彼らも追い詰められているからな。敵の敵……いや、今はオレの仲間だ。
警戒を崩すことはなかった。誤解から起きる偶発的な衝突はありえるのだからな。
地上に降りたゼファーに、三人の軽装騎兵が近づいてくる。ランドロウ・メイウェイとその腹心たちか……いや、それだけではない。四人目がいたな。彼女には見覚えがある。若い少女兵士がメイウェイたちに先駆けるようにして、こちらに接近して来たよ。
護衛としての任命は、今でも続いているのか。健気な忠誠心があるようだな。
「ミシェール・ラインハット軍曹。砂漠を駆け抜け、『ガッシャーラブル』に戻れたか。良かったな、砂漠で干からびているんじゃないかと心配したぞ」
「……ふん。そんな紳士な性格をしているのかしらね、あなたみたいな人が?」
『メイガーロフ』南部出身の人間族の少女は、オレのことを少しばかり誤解しているような言葉を使ったな。
「オレは紳士だ。平時であれば、君を砂漠に置き去りにすることはなかったよ。君が現地人で、タフさを見込んで放置したんだ」
「……まあ、実際、あの不安な一人旅ぐらい、私は平気だったけど……でも、少しは文句を言いたい」
「細かいことを気にするな。オレたちは仲間だろ、とりあえず。君も選んだ。亜人種を殺して人間族だけの富を追求する人間族第一主義ではなく、亜人種と共存する道を」
「……それは」
「ここにいるということは、そういうことだ」
「……迷ってはいないわ。アルノアも裏切り者どもも許さない。『正義』は、きっと、私たちにある……帝国人にはなれなくなるかもしれないけど……この選択って、間違いだって思えない」
……迷ってはいない人物のセリフにしては、どこか弱さを感じさせるな。オレは彼女が迷うことをとがめたりはしない。迷って当然だ。生き方を変える選択だったのだからな。
「……な、なに?」
「若者のことを見守る視線を向けていたよ。そして、用事を思いついた。ミシェール、君にお願いがある。オレの仲間を二人、騎馬に乗せろ」
「……え?竜の背にいる……覆面のヒトと、ど、ドワーフ!?」
「ドワーフで悪いかよ、姉ちゃん?」
「ギュスターブは最高の剣士の一人だ。君らの邪魔をすることはない。その後ろにいる怪しい覆面の男は、おそらく大陸屈指の馬の乗り手だ……」
「私たちの戦列に、ついて来ることができるとは。それに―――」
「―――信じられないか」
「ええ。いろいろなヤツに、裏切られているの。ちょっとぐらい、疑い深くならないと、変でしょ?」
「それでも信じろ。あの二人は、君らが裏切らない限り死んでも裏切らん。そういう男たちだから、オレはここに連れてきて、君らに貸すと言っているんだ」
「リスクを承知して、私たちに預ける……そこに、信頼を見つけろってこと?」
「そうだ。それに、君よりも上のヤツに訊けばいいことだったな。おい、ランドロウ・メイウェイ!!オレからお前たちに最高の戦士を二人貸す!!彼らにお前らが余らせている馬を一頭ずつ寄越せ!!」
馬の背にいる疲れた顔の男は、不機嫌そうにため息を吐いた。
「……勝手な話だが、認めよう。強い戦士ならば、一人でも欲しい……こちらは、少数で消耗したあげくに多数の敵に突撃する役目だからな」
「文句があるわけではなかろう」
「ああ……生きる道は、一つだ。戦い、勝たねばならない。ミシェール・ラインハット軍曹、そこの戦士たちに、馬を与えてやれ!」
「りょ、了解です!」
素直なもんだ。正規軍でなくなったとしても、規律は十分に生きている。感心すべき組織掌握の力か。
「こちらです……」
「いい馬をくれよ!小柄でもいいから、ケツの筋肉が姉ちゃんみたいにキュッとしまったヤツがいい!!」
「セクハラ!!ドワーフって、だから嫌い!!」
「褒めたのになあ。思春期の娘ってのは、どうしてどいつもこいつも難しいんだ?」
ギュスターブは妹がいるのだから、もっと繊細さを身に着けても良かったはずなのに、そういうのとは別の道を進んだようだ。
さてと。ギュスターブと……こっちの方が本命だが、マルケスをこの場から離せたことは大きい。メイウェイに見られたくない。声でも聞かれようものなら、すぐにマルケスの正体に気がついちまうさ。
……マルケス・アインウルフの存在を知られるわけにはいかない。マルケスの家族を死なせないためにな。『自由同盟』への協力がバレたら、マルケスの妻子がどうなることか……。
「……それで、ソルジェ・ストラウス殿。何をしに来たんだ?戦は、すぐにでも始まるんだが」
「激励の文をドゥーニア姫から預かっている」
「そのために、竜を?」
「それぐらいの重要性がある文章なのだろう。ほら、これだ」
オレは馬から降りてきたメイウェイに、美女からのお手紙を渡していた。羊皮紙が開かれていき……メイウェイの目がそれを読む。
「声に出して読むべきことなんじゃないか?」
「……たしかにな。皆に伝えるべきことが書かれてある」
メイウェイは心配と警戒心の混じった視線で、こちらを見ている軽装騎兵たちを見た。そして指揮官や政治家にとっては必須の能力である大声を使って、ドゥーニア姫の激励文を読み上げていった。
「ドゥーニア姫が約束してくれたぞ!!……彼女は、こう言っている!!我々の家族に一切の危害を加えることはない!!この戦いの後は、全霊をもって保護する!!……砂漠の民の伝統に従い、砂漠の戦士の未亡人たちには『ラーシャール』に無税で住む権利を与える!!」
砂漠の戦士の未亡人たちは、『ラーシャール』に住めるのか。つまり、あの商業の中心地と……いや、それ以上に大きな湖があるからか。
この乾いた土地で、水源の豊富なオアシス都市に住むことが許されるのは、一種の特権であるということか。税金も免除されるらしいし、暮らしやすさを確保できるな。
砂漠の民からすれば、最大限の遺族への補償というわけだ。迷わず戦って死になさい。うちのお袋をほうふつとさせるような優しさだ。男としては、でも、こういう遺族へのプレゼントがあるなら死地に向かいやすくなるもんだ。
死ぬことを考えると、残されることになる家族については気になるさ、どうしたってね。
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