第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その八十一
……それからしばらくミーティングしながら、菓子をついばんだよ。マンサフがまだ胃袋には残っているから、少しばかりの菓子で夜食は十分だった。
戦において守る側の利点は多いものだが、困窮するまでは食料に余裕があるというのは有利だ。移動しながらでは、メシを食べる機会をねん出するのも一苦労だからな。
「―――ソルジェ・ストラウス、いるな?」
テントの入り口をおおっていた砂漠の夜風を遮断する集めの羊毛布をめくり上げながら、この戦いの総大将さまが現れた。オレのもう一人のクライアントである女性、ドゥーニア姫だった。護衛にはナックスがいたな。
「……時間か」
「そうだ。敵が近づいてきている……あと20分もすれば、衝突することになるぞ」
緊張しているようだな。夜風をしのぐために厚手の毛皮を身に着けているドゥーニア姫の顔は、やや引きつっている。『メイガーロフ』の運命を決めるための戦だからな、緊張するのは当然ではあるが……必要以上の緊張といった様子でもない。
眉毛の端っこが少しばかり上がっているだけのことだ。緊張を誤魔化そうと唇の外側も上げているな。不敵で野心家のような笑みを作っている。さすがは、この砂漠の国で戦い抜いてきた将の一人か。
クッキーを紅茶で飲み込むと、オレは首を回しながら彼女のそばに移動した。
「準備は出来ているぞ。いつでも戦える」
「そうか……慣れているようで、何よりだ」
「そちらもな」
「……からかうなよ。さてと……『彼』はいるか」
誰のことなのかは言わずもがなではある……ラシードはすでに顔を隠していたが、姿までこの場から隠れるようなことはしなかった。
ドゥーニア姫には上司であり、師であり、一種の保護者でもあった男……バルガス将軍であった男を無言のまま見つめていた。何かを確かめるような時間だった。だが、ドゥーニア姫は問うことはなかった。
賢い彼女には分かっているのだろう。バルガス将軍の決断の意味と、名前を変えて顔を隠しても、この場所に戦士としてやって来ていることが……。
作り笑顔に一瞬の本物の感情を咲かせたあとで、ドゥーニア姫はオレたち全員を凛とした表情で見回していく。
「……頼りにしているぞ、『パンジャール猟兵団』よ」
「頼れ。君の想像を超えた働きを必ず実行する」
「期待しよう。それで……」
「仕事があるのか?」
「……ある。激励のための文を書いた」
「そうか。ゼファーで届けろというわけか」
「宛先を聞かないのか?」
「メイウェイだろ?」
「……簡単すぎるクイズだったか。百戦錬磨の猟兵団の長にとっては」
「君はそういう細かい根回しを好みそうだからな」
「……結束がテーマではあるからだ。我々は……『新生イルカルラ血盟団』と『太陽の目』のあいだに絆を作ることに成功した」
「マンサフ・パーティーは成功したようだな」
「パーティーと呼ぶには、あまりにもあわただしいものだったが。悪くない。『メイガーロフ人』として結束することは出来た」
「メイウェイの軍とも絆を作るか」
「……連中にもマンサフを送ってはいる。『太陽の目』の僧兵たちを介してだがな」
「君たちよりは、『太陽の目』の方が彼らと仲良しだからな」
「そういうことになる。我々は、不器用な戦いをしすぎていたから……」
ラシードは静かに黒塗りの眼鏡を動かしていたな。居心地が悪そうに。ドゥーニア姫は誰も追及することなく、毛皮のマントの内側から巻かれた羊皮紙を取り出した。
オレは差し出されるままにそれを受け取る。
「開戦直前に激励か……メイウェイは感動するタイプか」
「悪い気はしないだろうさ。私ほどの美人からの手紙なのだからな」
「ククク!……たしかに君の言う通り。男は、美人からの手紙に弱いものだ。では、たしかに預かった。すぐに送り届けてこよう」
「ゼファーは、まだ寝ていたようだが?」
「竜は一瞬で起きられる。合理的な生態をしているんだよ。体力を完全に回復させるために一秒でも睡眠時間はムダにしない」
「そいつは有能だ。では、長話をしている場合ではない」
「ああ。では、ガンダラ。ドゥーニア姫について行ってくれ」
「了解です。団長、皆、それでは。無事を祈っていますよ」
「うむ!ガンダラも、よく働くのだぞ!」
「ガンダラちゃん、クールな作戦頼むね!!」
「ええ。帝国軍に対して、細かくて性格の悪い作戦の数々をプレゼントしますよ」
ガンダラ流のユーモアなのかね。真顔というか無表情で言うから、ちょっと分からん。事実をただ口にしているだけでもあるからな……。
「……では、姫。そろそろ」
ナックスが急かしていたよ。ドゥーニア姫はうなずき、ガンダラを引き連れてこの場を後にする。ナックスは、オレたち全員を……とくにラシードを見て、胸の前に手を当てながら祈りをくれる。
「……皆に、蛇神の祝福を」
「君もな、ナックス」
「はい。拾った命。有効にこの戦で使います」
捕虜になり、逃亡して『カムラン寺院』に匿われ、『ザシュガン砦』の戦いも生き抜いた男。蛇神に愛されているのかもしれない幸運を持つ男に祈られたか。何とも縁起が良く感じたよ。
「……では、オレもゼファーで仕事を果たしてくる」
仲間たちにそう告げたが……マルケス・アインウルフが口を開いた。
「ソルジェくん。私も連れて行ってくれないか?」
「……メイウェイの軍に合流したいのか?」
「あそこには、私が乗るに相応しい馬がいるだろうからね」
「……ドゥーニア姫が奪った馬も、同じようなものだが。帝国軍産だぞ」
「激戦になるだろう。彼らは、開戦と同時に、アルノア軍に襲いかかる役目だ。有能な騎兵が一人でも多い方が良いはずだ」
「それはそうだが。正体をバラすなよ。お前の家族のためにも」
「もちろんだ。私は、戦士だが、家長としての義務もある。しかし―――」
「―――昔からの戦友を見捨てられないか。その気持ちは、分かるぞ」
「だろうな。君は、とてもいい仲間を持っているのだから」
「……なあ、サー・ストラウスよ」
「どうした、ギュスターブ?」
空気読めない男はいつものようのマイペースな顔をしていた。ヒゲを太い指先でいじりながら問いかけてきたよ。
「あちらさんには、馬が余っているのかよ?」
せっかく騎兵の才ある男を運んでも、乗る馬がいなければ……たしかに意味がないな。その疑問の答えを、誰よりも騎兵に詳しい男が語った。
「馬は余っているよ。戦いで死ぬのは、馬より兵だ……不運な落馬に、戦死する者もいる。騎兵は馬が死ねば、帰還することは難しい。何度も戦えば、馬しか返って来ないケースの方が多いものさ」
「……そうか。馬が死ねば、乘り手は群れに追いつけん……馬の方が、余りやすいわけか」
「それに、予備の馬も抱えているさ。体力が尽きぬように、疲れ果てる前に馬を替える。この戦ではメイウェイはそうする。なぜならば、私がそうするからだ」
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