第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その七十三
酒……『ガッシャーラブル』の特産品であるワインを男たちは呑んだ。酸味のある赤いワインは何とも美味い。体の疲れを取ってくれるよ……酒ってのは瞬間的に心の疲れを打ち消して解放感を与えてくれる。
状況が許すのならば、一晩中でも呑み明かしたいところであるが———戦の前だからな。リエルとカミラにもキレイな瞳でジーっと見つめられているから、ニヤリと笑って応えておいたよ。
「分かってるぜ。これ一杯だ」
「うむ!そうすべきだな!」
「はい。戦が終わったら、たくさんお飲みください!」
「……おうよ。ワインだけじゃなく、お前たちのことも楽しませてもらう」
「こ、こら!?こんなところで言うでない!?」
「えへへ。は、はい……よろこんで!」
奥さんたちはそれぞれに反応していたよ。まったく、疲れているからか、オレもスケベさが湧いて出ちまう……しょうがないよ、夜中だしな。星が空に輝いている時間には、美しい少女たちを口説くための唇が動くもんだ。
「……おい、サー・ストラウス」
「どうした、ドワーフの友よ」
ギュスターブ・リコッドは不満げな面をしていやがる。想像はついているが、オレはあえて聞くことにするよ、この純朴なドワーフ青年の愚痴をね。
「ついさっき、オレに女を抱くうんぬんを、こういう席で言うべきではないと説教したような気がするんだが」
「アレとコレとは違うだろ?」
「そうか?……同じような意味だった気がするけど……」
「深く考えるな。マンサフが冷めちまうぜ」
「おお。たしかにな……」
舌と喉でブドウの恵みを味わいつつも、オレの瞳はマンサフに夢中じゃある。大きな皿の上には薄い種無しパンが敷かれている。もっちりとしたパンの上には、ヨーグルト・ソースとハーブ類、そして玉ねぎで煮込んだ米があったよ。
その米の上にも大きめにカットされた羊肉が、根菜と一緒に盛られていた。
「それじゃあ、キュレネイ!」
「イエス、ミア。いざ、マンサフを食べるであります」
『パンジャール猟兵団』のグルメの少女たちは、取り皿によそったマンサフを見つめている。フォークでやわらかく煮込まれた羊肉をぶっ刺しながら、米と根菜を肉に巻き込むようにしたぞ。
その肉巻きライスを大きく開けた乙女の愛らしい口に、パクリと頬張っていた。リスさんみたいにふくらんだかわいいほっぺが、もぐもぐしているな……ほんと、癒される光景だ。
「もぐもぐ……美味い!!……ラシード・タイプとは、また味付けが異なる……っ!」
「もぐもぐ……イエス。これはハーブ類の強さを強調しているでありますな」
「マンサフは家庭の味なのだよ。地域性も豊富ではあるし……所属している身分によっても種類があるのだ」
現地人であるラシードはそう教えてくれた。郷土の味だとしても……というか、だからこそ種類が多いのか。富める者もいれば、貧しい者もいる。根菜の多さは、もしかすると『太陽の目』の僧侶的な要素なのかもしれない。
いつか細かく聞いてみたいことでもあるが、今のオレは知的好奇心よりも空腹感が先走るんだよ。唾液が口の中で存在感を発揮しちまうぐらいには、腹ペコなのさ。
カミラがいつの間にかオレたちのために取り皿にマンサフをよそってくれていたしな。こういう細かな気遣いと気配りは、本当にカミラらしい。
感謝しつつも……食欲に指が動いていたよ。ミアとキュレネイがしていたように、フォークで肉をぶっ刺して、ヨーグルト・ソースに煮込まれた米と玉ねぎをくるくる巻きにするんだよ。
マンサフ・ライスを羊肉で巻いた、間違いなく食いしん坊の胃袋を満足させてくれる美味しいカタマリを、ガルーナの野蛮人の口に運ぶ……。
ハーブの香りはさわやかさがあり、噛みしめた羊肉からはヨーグルト・ソースの酸味を帯びることで脂の過剰さを抑えられたジューシーな肉汁がこぼれ落ちた。スパイスが効いた肉はよく煮込まれていて肉厚なわりにやわらかく、米と一緒に噛むことが出来たよ。
空腹もあるが———それを差し引いたとしても最高の美味さを、『太陽の目』の僧兵が作ったマンサフは持っていたな。肉の味とハーブとスパイスの爽やかさを鼻に感じ取りながら、のどを使ってボリュームを楽しむ。口にすべき感想は一言だった。
「……美味い!」
「本当だね。久しぶりに味わうが、美味いね、これもまた」
「本当だな、がっつきたくなる味だぞ!!」
米も作っているグラーセス王国人の舌にも、このマンサフは好評だったよ。
「だが、遊牧生活者のそれは、もっとシンプルなタイプだったな……」
マルケス・アインウルフは思い出を脳裏に浮かべながら、そんなことをつぶやいていた。どちらが美味いという比較ではなく、ただの好奇心から来る言葉だろうな。
やはりというか、マンサフには一家言を持っているらしいラシードが反応してくれたよ。
「遊牧生活者たちは馬のために岩塩を持ち運ぶ。彼らは塩の味付けを好むのだ」
「なるほど……塩ゆでの羊肉だったか、あのときのシンプルさは」
「おそらくそうだ。だが、歓迎されたのだな、君は……」
「どういう意味だい?」
「『メイガーロフ』の遊牧生活者は、もてなしの意味がなければ羊を屠ることはない。彼らは普段は家畜の乳を食べている……肉を供されたのは、君が歓迎された証だ」
「……そうか。私は、彼らに負担をかけてしまっていたようだな」
「……だが、仕事を与えた。馬飼いとしての仕事を与え、彼らの生活を変えた」
「暮らし方を変えられることは、不満そうだったがね」
「いいや。プライドが邪魔しただけだ。そのあとも、メイウェイの馬を彼らは作り続けていた……君は、彼らから嫌われてはいなかったのだ。少なくとも、私よりは……」
「自虐を聞かせないでくれたまえ。君は、偉大な男だ。バルガス将軍は誰よりも忠義と愛国心を持つ男であったのだからな……」
「……その男は、もう死んだ。私は、ただのラシード。『風』の名を持つ中年だ」
『風』ね。この土地ではあの赤く沈む恐ろしい砂嵐を呼ぶ力。勇敢さと共に、そいつはその意味も持つのか。言葉や態度に秘めたものは、一つじゃないわけだ。
強さと覚悟と、そして、どこか空虚でもあって……孤独な戦いを背負っている男には何よりも似合うな。
「素敵な名前だよ……私は……そうだな……名前と顔を隠している。君のように、祖国の結束のためになどではなく……己のためにだ」
「……違う。それは家族のためにだ。表立って反乱をすれば、君のご家族は危険に晒される……家族が、まだこの世界に生きているのならば、そういった慎重さは全うすべきことだ」
家族の全てを戦いに捧げた男は、郷土の料理をさみしげに見つめながら語っていたよ。その言葉はとても重たいメッセージ性を帯びている。オレにとって、これほど共感できる言葉もない。
「……ありがとう、ラシード」
「さあ。飯を食べるべきだ」
「そうだね。私も、一兵卒としてこの戦いには尽くす……そのあとは―――ソルジェくん」
「なんだ?」
「メイウェイを無事に帝国から守ってくれた。私は報酬を支払うよ」
「……つまり、『自由同盟』に協力して、軍馬の供給に力を貸してくれるということか」
「そうだ。たとえ……この戦でメイウェイが討ち死にしたとしても、私は協力する……ただし、表立っては動けないが……それでもいいかい?」
「家族を失ったことのある男だぞ、オレはな……それでいい。家族を守るためなら、男はどんなことだってすべきだからな」
「……ありがとう。私は、少しばかり卑怯な手段で顔と名前を隠しながら、帝国との戦いに参加するよ。我が友たちのため……私の心から吹く『風』のために」
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