第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その六十五
アルノアという男は野心はあれども小心者だ。イース教を信仰して政治利用もしている皇帝ユアンダートの友人でありながら、『古王朝のカルト』にハマっている皇太子レヴェータにも近づこうとして必死だ。
皇帝一族に近づこうと全力を尽くしているようだな。
「力はある。野心もある。それにしては大胆さを欠き、教科書通りの行動を好む。粘着質で細かく、慎重だが……忠臣である部下の言葉に対しても聞く耳を持たないほどには狭量だ。つまり、フツーの中年男ということさ」
「なるほど、たしかにフツーの中年男のようだ」
「よくいる没個性的な男が、地位に恵まれた。ヤツは、マジメに努力している。無能ではない。そして、特別に有能でもない。乱世で転がり込んできたチャンスに対して、必死になっている男に過ぎない……そんな印象でいいかな、『マルケス・アインウルフ』よ」
「ああ。そうだ。間違っていないよ、ソルジェくん。君の予想は私がヤツに持っている印象と符合する」
オレの脚のあいだで、乙女の背中が揺れていたよ。強がりが得意な彼女も、竜の背中は自由にしてしまう。指導者でなければならないという強迫観念の囚われではない彼女は、何も知らぬ乙女のように素直だった。
「……おいおいおいおい。今のはなぁ、私に伝えるべきではなかったのではないか?」
「今ここでなら、問題はない。空は孤独。オレたちだけしかいない。君が心に閉まっておきたければ、そうすればいいだけのことさ」
「いらんストレスを背負わされた気持ちだ!……正直なところ、少しは予想してはいたんだが……真実を知らされることでは、全くもって重みというものが違い過ぎるんだぞ!!」
「ククク!大丈夫さ、君なら背負えるよ。美しい背中をしているから。そうだよな、マルケス?」
「ああ。魅力的な背中に、私は負担とならないよ」
「はあ?なんだ、スケベなことを言っているのか?」
「違うよ。オレたちは紳士なんだぞ」
『そーだよー、がるーなのりゅうきしは、しんしっ!!』
ゼファーにお墨付きをいただいから自信を持てるよ。微笑みを浮かべたオレの背後で、アインウルフの口が動いた。
「私だって紳士さ。美しい女性の負担になることはしない。基本的に、女性に嫌われることは少なかったよ……複数の求愛してくる女性たちの中から、最も愛しいヒトを選んだら、嫉妬されたことはあったがね」
「……はあ。自慢か?まったく、戦場の空でこの軽口。男どもは下らんな……」
「心に響く言葉だぜ。同意しよう」
「たしかに、女性に比べれば我々は実に下等な存在さ」
「……二人とも、私をからかっているのか?」
「違うよ。たんに本音で話しているのさ。君は緊張しすぎている。そういう立場だから仕方がないが、頼るべき便利な力がそばにいるということは知っておけ」
「傭兵は自由に使える駒か」
「ときに正規の部下よりもな。政治的なしがらみは、かなり少なく使えている。今のオレたちは君の馬であり剣であり盾だよ」
『ぼく、おうまさーん!』
ふむ。ゼファーを限定して馬扱いしたわけではないが、何だかゼファーは楽しそうだ。軽装騎兵たちの見事な突撃を瞳に映したことで、彼らに対するリスペクトがあるのかもしれない。
もしくは、『友人』である『白夜』が馬に対しての地位を向上させているのだろうか?『白夜』はユニコーンだけどな。
何であれ、楽しそうなのはいいことじゃある。
「……便利な駒。ふう、そちらのマルケス・アインウルフ将軍殿も含めてか」
「ああ。そうなるよ。マルケスは協力的だ。こちらに協力する条件として、メイウェイの命を保証し、その身柄を確保するという取引をしている」
「……メイウェイを確保か。それほどに評価しているとは、驚きだ」
「有能な男だよ、彼は。それは君も思い知らされているはずだ」
「口惜しいが、たしかに」
「あまりにも、有能な人物が死に過ぎたんだよ。私は、優れた人材の命が消費される乱世というものに、嫌気が差してもいる……それに、ユアンダート陛下の人間族第一主義を受け入れがたくもある。今こそ素直になるよ、竜の背と砂漠の星空に流されてね。私は、今の帝国は大嫌いだッ」
祖国を否定することには勇気がいるものだ。忠誠心を超える『正義』を持つことは、誰しもに出来ることではない。
竜の背中の魔法で手にした素直さで、マルケス・アインウルフは告白していた。自分の『正義』が忠誠心などという束縛よりも、はるかに大きなことを。
「帝国を裏切る覚悟をしたというわけだ、マルケス・アインウルフともあろう将軍が?」
「……ああ。そうだ。私は、戦おう。自分が抱えていた違和感……友であるガンジスのつけた魔銀の首かせ、私と共に帝国に貢献して来た亜人種の兵士たちの追放……ッ。彼らが軽んじられることには、もう、私はガマンがならん……ッ」
「歓迎するよ。私はな。竜騎士ソルジェ・ストラウスも、そなたを歓迎しているようだからな……」
「共に戦った。いくつか仕事をこなした。男の子ってのは、それで通じ合えちゃう可愛らしい単純な生物なんだよ」
「フフフ。有能であれば、いい。私たちを殺そうとしていたメイウェイとすら、私は手を結んだ……『メイガーロフ武国』を滅ぼした猛将殿であったとしても、今さら拒まん」
「ありがとう。全力で貢献することを誓うよ」
「……たしかに、私にとって便利そうな男だ。だが、正体は隠しておいてくれると助かるな……誰もが、この事実を呑み込めはしまい……せっかく、バルガスが死を演じているのだから」
「そっちもバレていたかい」
「舐めるな。私は、賢い。そして、バルガスにいつも助けられてきた」
「彼はラシードだ。オレの背中にいる男は、ただのマルケス。よくある名前の、イケてる四十路なだけだよ」
「ハハハハ!……たしかに、私にとって便利そうだな、名前と顔を隠した男どもと、竜に乗った傭兵殿は。そして……この空は自由だ。他の者の耳に入れられぬことでも、話せるわけだ」
「いらない迷いが消えただろ?……経験豊かな将軍たちが、君のことを影ながらサポートしている。気負うなとは言えないが、気負いすぎる必要もないのだ」
「私が死んでも、バルガスがいるか……軍勢が崩壊しても、逃げ延びる策を彼が与えてくれる?」
「場合によればそうなる。ラシードは、君の策を全て予想する。君の策が不発になったときのカバーを全力で考えてはいるだろうよ。もしものことが起これば、君に代わって軍勢を指揮するためにな……セカンダリー/二番手とは、そういう役目さ。だが……」
「……分かってる。勝つ。今のは、ここだけで許される言葉にしてくれ。そなたたち男だけに、そういう自由が許されているわけではない。そうだよね、ゼファー?」
『うん!もちろーん!!』
砂漠の戦姫は、ここでならたたの乙女にも戻れる。弱音も許される。そうだ。それでいい。
「弱音を吐けて、真実をさらけ出せれば、結束が強まる。いいな?オレたちが君を支えることを信じて、思い切りやればいい」
「……ああ。そうさせてもらうわ。美女に尽くせよ、男ども?」
「ククク!もちろんだよなあ、マルケス・アインウルフ」
「ああ。美女に尽くすことは『男ども』として当然のことだね、ソルジェ・ストラウス」
「……フフフ。このとんでもない状況で、『笑え』、か。メイウェイと同じプレゼントをしてくれたようだな、私に……なるほど。少し、強くなれたよ、男ども!」
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