第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その五十六
演舞場への扉が開かれると、我が妹分ククル・ストレガの姿を見つけた。警備についてくれていた彼女は、ドアを開ける前からオレの接近に気がついていた。大きな黒い瞳をこちらに向けて、駆け寄ってくる。
「ソルジェ兄さん!ご無事で何よりです!」
「ああ。お前もご苦労だったな」
「いいえ。私、ソルジェ兄さんの妹分ですから!さあ、それでは、皆さんこちらへ……負傷者の方は、カーラン薬師翁さんが診てくれるそうです」
「カーラン薬師翁……ね。そちらかな?」
ククルの背後にいる細身の巨人族の僧を見た。
「はい。あの方ですよ。『太陽の目』の長老たちの一人でもある……その割りにはお若く見えますから、長老は年功序列以外のシステムで決まるみたいです」
「実力と尊敬で決まる」
マファラ老はそう語りながら、僧兵メケイロの背中から降りていた。彼は薬師翁と呼ばれた中年僧侶のもとに近づき、またカーラン薬師翁もマファラ老に近づいていく。落ち着いた顔にある細い目でカーラン薬師翁はケガ人を見つめ、ほっと胸をなで下ろす。
「……ご無事で何よりです」
「……ああ。彼らの処置や薬は上等だ。お前のものよりも上かもしれないぞ」
「そうであれば、心強いことです」
「……とはいえ、少しばかり休みたい。ワシの発言権はお前に委ねるが……ソルジェ・ストラウス殿にワシと宝物庫は救われたということを覚えておけ」
「了解しました。では、メケイロ。マファラ老を右奥の治療区画に。簡易ベッドがあります……薬湯を与えて、そのまま眠らせてください」
「了解しました、カーラン薬師翁。では、行きましょう、マファラ老。手を貸します」
「……うむ」
マファラ老はメケイロに連れられて歩く。背中から降りたのは……無事であることを、ここにいる僧兵たちに見せつけたいためという宣伝だろうな。混乱を可能な限り避けたいと彼は願っているようだ。
さてと。
気になる知らないヒトに挨拶でもするとしようか。優しげな顔をしたカーラン薬師翁に視線を向ける。
薬師翁は僧兵式のあいさつなのか、数珠をはめた手をこちらに見せるようにした。
「……初めまして、竜騎士ソルジェ・ストラウス殿」
「堅苦しい挨拶は抜きでいいぞ。その代わり、こちらも礼儀は最小限で行かせてもらう……誤解するなよ。『太陽の目』をドゥーニア姫が制圧しようとしているわけではない。たんに緊急事態だから、いらない時間を省くために行っている」
「……ええ。分かっています……現状は、かなり混沌としていますが……ホーアン殿を中心にまとまりつつあります。あなた方に負傷者は?」
「いないさ。貴方はこの場に運び込まれた僧兵たちの治療に専念してくれ」
「そういたしましょう」
『太陽の目』の長老たちは一枚岩ではないらしいが、融通が利かない連中ばかりというワケでもなさそうだ……。
立ち去るカーラン薬師翁の背中にしばらく視線を向けていたが、すぐに妹分ククルに向け直す。
「では、ソルジェ兄さん、こちらへ!ガンダラさんと……ホーアン長老がお待ちです」
「ああ。頼む」
それほど広い空間ではないが……武装した僧兵たちが集まっているからな。ある程度は殺気立っている。長老たちはともかく、その護衛には血の気が多い僧兵も選ばれているのだろう……メケイロと同じような連中が、ここには何人もいるということだ。
不用意な動きをして緊張を煽るよりも、ククルに案内された方がオレたちへ警戒心を募らせた視線を向ける護衛たちの中を歩くことは誤解が少なくていい。
笑顔を選ぶこともなく、オレたちはククルにエスコートされて演舞場の一角にある知性的な場所へと向かった。
テーブルと広げられた地図……そして、うちの副官1号殿がいたよ。長老たちにガンダラは戦況を説明しているようだ。こちらの接近には気がついているが……長老たちへの状況報告を優先しているな。いい判断だ。軽んじられることを、侮蔑と捉える老人もいる。
……オレから挨拶した方がいいだろうかな。少しばかりわざとらしいが、もう長老たちの視線が集まりつつあるからな。赤毛で目つきの悪い大男は目立ちやすいものなんだよ。何の悪さもしていなくても。
「……おお。ソルジェ・ストラウス殿!」
挨拶の仕方を考えているあいだに、ホーアンがオレを見つけていた。
「ホーアン殿。任務を果たしたぞ。マファラ老は救助した」
露骨に恩を売るような言葉を使ったよ。こちらも安く見られるつもりはないし……協力関係にあるということを、『太陽の目』の長老たちには教えておきたい。この期に及んでホーアンをリーダーに認めない者もいるかもしれないからな。
男の嫉妬は怖いもんだよ。死んだって、殺されたって、認められないヤツは認められない。混沌としているのは戦況だけじゃなく、政治的な状況もだからな。メイウェイが死んだと伝えられたり、生きて戻って反乱したり……なかなかにヒトがヒトを信じることが難しい状況ではある。
だからこそ、長老たちに伝えておくべきだった。不審の輝きをもつ老僧たちの視線を見回しながら、オレは口を開いていたよ。
「我が名は、ソルジェ・ストラウス。『自由同盟』の傭兵であり、『太陽の目』の諸君らの親愛なる友人。戦友たちよ、待たせたな」
少しばかり偉そうになったが、しょうがない。急場で性格は取り繕えないからな。ホーアンは、やや無礼さを持っているオレの言葉を受け入れてくれる。
「ええ。こちらこそ、お待ちしていましたよ。皆……彼はソルジェ・ストラウス。ガルーナ最後の竜騎士にして、『自由同盟』の傭兵……そして―――」
「―――今は私の剣でもある!」
……ドゥーニア姫がやって来た。オレが剣を捧げている姫さまは、意気揚々と戦場の空から戻っていたよ。
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