第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その四十九
まっ黒なページではあるが……『呪い追い』は有効に機能している。このページには呪術で表記された文字が描かれている―――問題は、そいつが『古王朝』の文字だということだ。
無学なものでね。何百年もの昔に滅び去った王国の文字など読めないのが悲しいところだな。ある程度は、現代の文字と重なる部分はあるものだが……そもそも、この文字が本当に『古王朝文字』なのかも怪しくはある。
あくまでも、『古王朝のカルト』という異端な集団が用いている文字であり、連中が勝手に作り出した文字や暗号である可能性だって否定はできないものだ。
この文字を正確に読めることはできないが……あきらめずに、現代の言語に似ている単語をピックアップしてみようか。
「……『生きたまま』」
「生きたまま?なんだ、竜騎士、その血塗られたページが読めるのか?」
「魔法の目玉のおかげでね。しかし、学が足らん」
「文字が読めないのか?」
「バカにするなよ?現代の言語なら複数使いこなせる。問題なのは、コイツがえらく古い文字だってところさ」
「ならば、協力しようじゃないか。ソルジェくん、さっきみたいに読めそうな文字を言葉にするがいい。我々にはこのページを読むことは出来ないが、知恵を提供することは可能なはずだ」
頼りになるね。アインウルフに、マファラ老はオレよりもずっと年上だしな。メケイロも僧兵として、宗教用語には詳しいのかもしれない。ふむ……今この集団の中で、『古王朝のカルト』にまつわる知識が、最も乏しいのはオレかもしれん。
頼らせてもらおうじゃないか。
オレは血塗られた黒いページを左眼でにらみつけながら、青く燃えるように輝き、なおかつ揺れているカルト文字どもの中に、見知った文字を探していく。
「……『ワインのような』」
「ワイン、ではなく、ワインに似たものか……赤なら血や肉料理を私はイメージする。白ならば魚料理をね。内海の『古王朝』では、肉よりも魚料理が愛されていたと聞く」
「ならば、ワインのようなには、白ワインの要素が強いのか?」
「……あるいは葡萄のことかもしれん。彼の地では、葡萄の収穫際を重視したとも伝わるぞ。葡萄を乙女らが足で踏み、ワイン作りの時期の訪れを告げた祭りだ」
マファラ老も年寄りだけはあって、色々なコトを知っているようだ。
「処女たちの素敵な足に、収穫されたばかりの葡萄の玉が潰されていくわけか。魅力的な祭りだな……」
他にも読める文字を見つけた。
「『祭祀を行え』……」
「祭祀を行うか。怪しげなカルトどもらしい言葉だ!」
「違う意味もあるかもしれないね。たとえば、『信仰』とか……彼らの信仰形態は、生け贄を好んだ。『古王朝』の祭祀も、それを模造したカルトたちも」
「では、さっきの『生きたまま』と『祭祀を行え』と『ワインのような』を合わせると……生け贄の祭りについて語っているのか?マファラ老のおっしゃった、葡萄踏みの祭日について?」
「……葡萄踏みの祭日は魅力的だが、それを呪術でこのページに記す意味がよく分からないな……こいつは、おそらく『鍵』になるブックカースだ。読むための『鍵』が要る……」
乙女の足に踏まれる葡萄が、邪悪な祭祀について描いた本にかけられた鍵なら、少し面白さはあるが……この本がヒトの革で作られているような邪悪なアイテムであることを思えば、葡萄踏みの祭りとの関連は少なく思う……。
「竜騎士殿よ。もっと、シンプルに考えてみるべきでは?」
マファラ老の助言にうなずいた。
「同意する。そう考えていたところだよ。生きたまま、ワインのような、祭祀を行え……この不気味なヒト革の本が血を好む以上は……」
「生き血を与えろというのことかい?」
「オレが言いたかったセリフを取られちまったよ」
「それはすまなかったね……ならば、おわびだ。私が少しばかり血を提供してみよう」
「……客人よ。ワシはちょうど出血しているが……?」
「異教の神に血を捧げるなんてことを、貴方に強いるような無粋はしない。私は、君たちの信仰をリスペクトしているのだ」
「……そうですか。ありがとうございます」
アインウルフは剣をわずかばかりに抜き、その刃で左の親指の腹を切っていた。にじむ新鮮な血と、それに満ちた魔力に反応して、オレの手のなかで不気味な本はバタバタと暴れていたよ。
「薄気味悪い本だね。私の血のにおいを喜んで身震いするとはね」
「邪悪すぎるぞ!……そんなものに、血を捧げるなど……本当にすべき行為なのだろうか?」
「試してみるべきだよ。この本が、どういった能力を持ったシロモノなのかを知ることで……敵の思惑の深度も分かる」
「ああ。それに、皇太子レヴェータの頭のなかも想像がつくかもしれん……敵を知ることは有益だ。オレは、皇太子レヴェータも斬る予定なのだからな。マルケス」
「やるよ。さあ、私の生き血を飲むといい、邪悪なるカルトの本よ」
左の親指に作られたばかりの傷に搾るような力をかけて、アインウルフは赤い滴をバタバタと動く呪われた写本の一ページに落としていった。
「……おお?」
「ページの闇が晴れるようだね」
ページを黒く塗りつぶしていた古い血のようなものは、古い羊皮紙に吸い込まれていく。文字を塗りつぶしていた黒は薄まり、さまざまな文字が浮かび上がってくるよ。
「……古い言葉だ。それに、変則的な文法のようだし、数字や記号も混ぜてあるね。どうも暗号の一種であるようだ。正確に読み解くには、ルールを知っておく必要があるだろう」
「つまり、カルトのメンバーにしか、正確には読めないというわけか」
「ああ。それに、代償を支払うことで、より多くが読めるという仕組みらしいね。下半分は読めない……血をもっと吸わせる必要があるようだが……?」
「全容を把握しなくても構わない。読めるところだけ、読んでみよう。不思議にとち狂った文法ではあるが……こいつは『目次』のようだからな」
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