第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その四十三
マファラ老は納得してくれたようだ。明らかに光を失っているであろうほどに、その瞳は白く濁っているが、状況判断能力は健在のようだな。
オレは彼の傷を手当てするために、傷口を探る。傷は深いが……巨人族のサイズを考えると出血量には余裕があると判断しても良さそうだよ。マファラ老が倒れていた大きな理由は、頭部への打撲か……尋問されていたようだな。
「……ここにいた、ワシの弟子たちは……?」
「……生きてるのは、アンタだけだ。残念だがな」
「そうか……ああ……なんということか…………っ」
部下や弟子が死ぬことは、とても辛いよな。しかし、今は急を要する状況でもある。傷口にリエル手製の止血の秘薬を垂らしながらも、オレはマファラ老に質問した。
「……マファラ老。ヤツらは何を求めていたんだ?」
「……昔の宝じゃ」
「具体的には、何だ?」
「……竜騎士殿……ワシは、口が堅いからこそ宝物庫の番人をやらせてもらっているのだぞ」
「なるほど。オレにも言えないか」
「……いいや。この魔力はメケイロだな……槍を振る音も、相変わらず荒削りなものだが……強さは、以前よりもあるようだ」
「そうだと思うぞ。オレは付き合いが浅いが、彼は素質を多く持っている男だ」
「……ホーアンは、ドゥーニア姫と手を組んだか」
「そうだ。メイウェイ大佐とも組む……」
「メイウェイ大佐とも?……この騒ぎは、誰が主導しているのだ?」
「アルノアという帝国の伯爵だ。『ラクタパクシャ』もヤツが裏で組織していた。メイウェイを失脚させることと、『メイガーロフ』の亜人種に甘い政策を採ってきたメイウェイに反抗心がある兵士も勧誘していた」
「……アルノア。査察としてこの国に踏み入ってきた男であったが……そんなことを考えておったか……」
「クーデターを画策していた」
「『メイガーロフ』らしいことではある。帝国も、豊かな国であるように見せかけておきながら、内情は欲に駆られた愚か者が幅を利かしておるようじゃな……ッ」
マファラ老の表情が曇った。動こうとして、腹の傷にさわったのだ。
「動かない方がいい。痛めつけるために致命傷は与えられてはいないが……おせじにも浅い傷とは言えないぞ」
「……痛みが楽になったからな……何じゃ、今の薬は?麻薬か?」
「森のエルフの王族に伝わる血止めの秘薬だ」
「そんなものを、どうして貴殿は持っておる?」
「オレのヨメが作ってくれたからだよ」
「なに?」
「森のエルフの姫を、オレは正妻にしている。それだけのことだ」
「……貴殿は、人間族じゃろう?」
「光の無い目でも見えるか」
「まだ、わずかに見える。それに、魔力を感じれば、ヒトの血に流れるモノがどういった構成なのかは、分かるものだ……貴殿は、人間族。貴殿の父祖も人間族ばかり」
「そうだと聞いている」
「人間族の男が、森のエルフの王族を娶るか……それは、面白いことだな」
「ヒトの恋愛と結婚を笑うものじゃないぜ」
「フフフ……そうじゃなあ…………ソルジェ・ストラウス殿よ」
「どうした?」
「あの盗人どもが探っていたのは、ワシらが先祖から受け継いだ宝物についてじゃが、蛇神ヴァールティーンの聖宝ではない」
「……『古王朝のカルト』にまつわる品物か?」
「……貴殿は、蛇神の使徒のように鋭い目をしているようだ。あるいは、嗅覚か?」
「悪運かもしれん。帝国の騎士を殺していたら、その情報に触れた」
「罪深い御仁じゃのう」
「戦士にとっては誇りとなる言葉だ。マファラ老よ……オレが帝国の騎士から得た情報では、ここより南の土地から、僧兵たちの祖となる人物らが『古王朝のカルト』にまつわる品物を盗み去ったと聞いた」
「僧兵は盗みはしない……」
「そうだろうな。だが、僧兵たちの祖だ」
「……ああ。我々の先祖の多くは、内海の沿岸で売り買いされていた奴隷だ。逃亡して自由を得て、この土地に集まり、『メイガーロフ』を作った……蛇神ヴァールティーンさまは、そのおりに我々に水と知恵と信仰を与えてくれた」
「興味深い歴史の授業は、次の機会にしてもらおう」
「せっかちだな……そう。我々の国父たる逃亡奴隷たちは、奴隷商人どもから逃げ去るときに、さまざまなモノをかっぱらってきた」
「好きな言い方だな。かっぱらうか……だが、当然の対価だ」
「そう。奴隷としての退職金のようなものじゃが……その中には、たしかにある。『古王朝のカルト』……あの忌まわしき邪教の祭祀について記述した写本がな」
「写本?……そんなものが?」
「ある。どうして、先人たちが処分しなかったのかは、分からないがな……」
「おそらく、力を持った魔導書なのだろう、その写本とやらは」
「かもしれん。ワシらは、それを見ることもなかった。蛇神の聖宝ならばいざ知らず、邪教の品を公開することもないからな……焼き払えば良かったのだろうが、ワシにはそういう役目と権限は与えられていない……」
「長老なのにか?」
「我々の長老職は、それぞれに権利を司り……それなりに仲が悪いのじゃよ」
「なるほどな。主導権を取り合っていたか」
「……独断でも焼いてしまえば良かった」
「……つまり?」
「ワシは気絶していたようじゃが……それは、どれぐらいの時間だろうかな。あの写本については、呪術による守りも施されてはおらん……我々にとっては、価値の低い品であったからな」
「……宝物庫の中に、見つかりやすい場所にあるのか?」
「比較的にな……知恵が利く者であれば……ぞんざいな保管をしてある品に気づくであろうよ」
「では、あの騎士は……」
「愚か者でなければ、気づくだろう。我々が、異教の品をこの場所に祀ることはない。ただ、ぞんざいに置いておくだけだと……しかも、体裁を気にして……」
「宝物庫の奥やすみにでも、コッソリと置いていたわけだ」
この長方形の部屋の奥にある、開かれてしまった宝物庫の扉を見たよ。すでに物色は始まっていた。宝物庫を襲うことを企画したとき、敬虔な蛇神の信徒が『古王朝のカルト』に対して敬意を表すことがないことは理解したはずだよな。
……ヤツは、すでにその写本を持っているのか?
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