第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その三十二
「財宝?……我々の聖遺物が狙われているのですか!?」
「……大声を出すもんじゃないぞ」
「は、はい……っ」
若い僧兵は口を巨人族の大きな手でおおう。純朴な青年であるが、褒められない部分もあるな。『財宝』がここにあるという事実が、バレてしまったぞ。世俗的な財宝とは別かもしれないがな。聖遺物……蛇神ヴァールティーンの信仰にまつわるモノか。
……『古王朝のカルト』との関連性があるものかは不明だろう。それに、若い僧兵が知っているとも限らない。
「……現状、オレがしてやれる最良のアドバイスは、財宝の管理をしている長老の守りを固めろということだ。詳しい説明は省くが……帝国兵の一部に、『カムラン寺院』に収められている遺物に興味を持った者がいるのだ。少数で守るな。さっきも言ったが、一つの場所に集中しろ」
「わ、わかりました。仲間内で相談してみます……っ。おい、ドーリィ」
「わかった。警備を固めるように伝えてみよう」
……指揮権がない若い僧兵たちか。不安はあるが、動いてもらえるだけマシか。何より、今はホーアンと合流しよう。雑兵相手では、何を話しても効率が悪い。それに、現状で保護すべき最高のターゲットだからな。
僧兵の一人が巨大な寺院のなかを走り去っていくから、注意をする。
「おい!慌てて動くな!」
「は、はい」
「深呼吸しろ。十分な集中を保っている。あとは、柔軟さを生み出すために落ち着け。そうすれば、君は練習通りに槍と共に踊れるようになる。行動するまでに、深呼吸を一度するんだ。そうするだけで、今の2倍は強くなる」
「……ありがとうございます」
「いいさ。オレたちは仲間だからな」
「ええ!それでは」
僧兵は少しは使い物になりそうな顔で微笑み、この場をあとにする。
「……おせっかい過ぎたか?」
「いいことだ。結束を生むことになるだろう」
ドゥーニア姫に褒められた。評価されることは嬉しいね。戦場でもニヤリって微笑んでおくことにする。
そうすべきだ。集中と柔軟性。どちらもいる。緊急事態に向いているのさ、笑顔ってヤツは。ムダな緊張を削ぎ落とし、敵を殺すための動きを磨く。
「……我々は、ホーアンさまのところに急ぎましょう」
「そうしてくれ」
「こちらへ」
急ぎ足になった僧兵はオレたちを引き連れて、『カムラン寺院』の廊下を歩き抜く。地下ではなく、二階へと登る。私室ではなく、一角に籠もっている。ベテランの戦士らしく、自分の居場所を隠しているということかもな。
そんなことを考えつつも、視線はくまなく周囲を観察する。敵の気配を探しているんだよ。怪しいヤツじゃなく、全ての者を探る。人間族は要注意だし、背の高い人間族でもウールのマントを被っていれば巨人族にも見える。
それに、我が友、シャーロン・ドーチェの技巧も忘れない。人間族の男は、女にも化けられる。巨人族の女性に化けることは、そう難しいことではない。似た体格の男を探すことは困難ではなく、女性用の装具に身を隠せば準備は完了と言える。
女装した人間族の暗殺者という可能性を考慮すれば、戦場のパニックに紛れて『カムラン寺院』へ保護されるという行動は難しいものじゃない。放火をタイミングよく使いこなすことで、そういった悪事を形にすることは十分に可能だ。
全員を観察し、魔眼にも頼る。
壁の裏側や、天井の板の向こう。あるいは床下に隠れているヤツだって、アーレスのくれた魔眼を使えば見逃すことはないのだ。集中とリラックスを同時に行いながら、オレは戦場に適合をはかった。
……この行為の結末は、幸いにも敵の姿を発見するには至らなかったということだ。もちろん、敵の姿はな…………見つけた者もいる。あの二人は、天井裏に隠れているようだ。
視線を上に向ける。よく掃除された板の組み合わせがあるが、そのわずかな隙間に少女たちはいる。そうさ、キュレネイ・ザトーとククル・ストレガだった。
……ということは。
「ここに、ホーアンさまがおられます」
「だろうね」
「え?」
「こちらのことだ」
武装した僧兵が守るドアへと視線を落とした。その向こうにホーアンがいる。おそらく、護衛のメケイロもな。何度か見た魔力。その持ち主たちが、この部屋にはいる。
僧兵たちは何事かを小声で話し合い、護衛の僧兵がドアをコンコン……コンと暗号的なリズムで叩いた。読まれなければ、悪くない合図だろう。読まれなければな。オレは、今の一瞬で施錠のリズムを覚えている。有能な暗殺者には、大して意味のない防犯策と言えるかもな。
しないよりはマシ?……まあ、有能な暗殺者なら、間違いなく何をしても、ここに辿り着くだろう。
「……なんだ?」
僧兵メケイロの機嫌の悪そうな声が聞こえる。彼はいつだって、ああいう口調だな。オレたちだけでなく、万人に対して不機嫌な口調で話しかける男であるようだ。もう少し、心にゆとりを持った方が強くなれるだろうが……マジメな男がぶち当たる壁ではある。
「メケイロさん。ドゥーニア姫が、お出でです」
「……ドゥーニア姫が!」
「オレもいるぞ、メケイロ」
「……っ!その尊大な態度の声は……ソルジェ・ストラウスか」
「そうだ。ドゥーニア姫の護衛だ。彼女に近づく敵を皆殺しにする仕事をしている。君らにとっても安全だよ」
「……フン。少し待て。ホーアンさま……」
数秒待つ。その間に視線を天井にまた向けていた。魔力の気配が動いているな。ホーアンのいる部屋に向けて、少女たちは腹ばいのまま天井裏を動いている。あとで風呂に入りたくなるだろうな……ホコリまみれだ。
彼女たちが、こちらに合図を送ることなく配置を変えるということは、現状では問題が無いということだ。メケイロは、十分な仕事をしたようだな。血気盛んな彼は、北の帝国軍の拠点に向かって突撃しているかとも予想していたが……少し、失礼だったらしい。
読んで下さった『あなた』の感想、評価をお待ちしております。
もしも、メケイロの『職業倫理』を気に入って下さったなら、ブックマークをお願いいたします。




