第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その三十一
ドゥーニア姫の姿とその主張に、『太陽の目』の僧兵たちはどんな反応を示すか―――そこも彼らの組織哲学を予想する上では、有益なことではある。オレは観察しようと目をこらしたよ。
僧兵たちはお互いを見合っている。確認し合っているといったような顔でだ。その表情に迷いなどはなかったよ。やがて、顔を見合わせていた僧兵たちの中から、二人の男が駆け寄ってきた。槍を持っているが……交戦意欲は感じられない。
こちらは殺気を隠すことはない。あちらにも伝わっているはずだ。冷や汗をかいているからな。そう。変なマネをすれば、まばたきが始まって終わるよりも短い時間のうちに、どちらとも地面に叩きつけているよ。
……僧兵たちは、ドゥーニア姫の前に立つと、巨人族の大きな背を丸めるようにして屈む。握りしめた拳を胸元に当てたのは、姫君への敬意の現れだろうか?……そうらしい。護衛としては、あの姿勢から投げつける暗器について考えてしまうがな……。
「……こちらへどうぞ、ドゥーニア姫」
「ホーアンさまの元に、お連れいたします」
「うむ。そうしてくれ」
「……そちらの護衛の方々は?」
「共に行く。安心しろ。腕が立ち、私に忠実だ。諸君らが無礼を働かなければ、何も恐ろしいことは起こらない」
「……分かりました。こちらへお越し下さい。ホーアンさまは、寺院の一角に籠もられております」
「陣頭指揮は執っていないのか?」
「……我々が下がるようにお願いいたしました。敵は、長老の方々を狙っている危険がありますゆえ」
タカ派の若手が穏健的なホーアンを監禁しているのか?……そんな考えも浮かぶが、僧兵たちの動きに淀みはない。後ろめたさを隠せるほど、戦場ってのは冷静さを保てない場所だ。
戦場でも平気でバレない嘘をつけるほどの仮面、そういう技巧を手に入れられるほどには、この若い僧兵たちは浴びた返り血が少なそうだった。良いことだ。僧兵ならではの純粋さがあることに、オレは救いを見ることができる。
カミラとガンダラにガルフ・コルテスが遺してくれた指を使ったサインを送り、フォーメーションを指示したよ。アインウルフは背後を歩いて来るだろう。顔バレしないようにも気をつけるぐらいの機転は利くはずだ。
……アインウルフを知っている僧兵も、ここにはいるかもしれないからな。何であれ、僧兵たちはオレが想定していた程度には慌てている。隊列の背後にいる男までは警戒しちゃいない。
平時なら、顔を黒い布で隠した男には、もっと慎重になるだろうにな。巨人族じゃなく、人間族のサイズなのも分かる。戦場ってのは、こういうものでもある。極限状態であるほど、ヒトは悪癖を晒すもんだ。
集中しているハズなのに、どこか抜けてしまうのさ。集中するからこそ、状況を俯瞰する力を失う。これはヒトの愚かさとかではなく、ただの本能的な反射の一つなのだとガルフは予想していた。
……本能。つまり、克服することは絶対に出来ない行動ってことだよ。戦場で暗殺が成功して来た最大の理由でもある。極限状態にある場所は、危機的対応能力が鈍るもんだ。
ヒトが持つ本能のおかげで、警戒して集中しつつも無警戒さを槍兵たちは出している。しょうがないことだ。自分たちの拠点が軍隊に襲われているのだから、慌てて当然ではある。
『カムラン寺院』の護衛についている僧兵たちに視線をやる。探る。情報収集は肝心だ。そこらに怪しい暗殺者がいたとしても、僧兵たちは気づけないかもしれない。傭兵や暗殺者ほどには、悪辣ではないからだ。
……そして、彼らは経験値も不足している。善良な僧兵という傾向だけではなく、今、この場所を護衛している僧兵たちは単純に年齢が若いのだ。
「……ベテランの僧兵たちはいないのか?」
「……は、はい。メイウェイの軍がやって来て……帝国兵同士が争い始めて……気づけば街に放火されていて……」
「ベテラン僧兵たちは激怒して出撃か」
「はい。我々は、『カムラン寺院』と、救難を求めてくる衆生を守れと」
「……救難を求めて来る衆生か。避難民を、寺院に入れてしまっているわけだ」
「もちろん。たとえ、どんな時であろうとも。いいえ、苦難の時こそ、蛇神の僧兵である私たちは無力なる者たちを守るために戦い、拒絶のために門を閉じることはありませんから」
「立派な心がけだ」
……しかし、戦場で取るべき行動としては百点満点を素直にやる気にはなれない。暗殺者が潜入するための隙となっているからな。僧兵たちは、素晴らしい人徳の持ち主であるし、善良なる行いを実践した好感を持つべき人々だ。
だが、ホーアンたち長老を暗殺者の巧妙な悪意から守るには、少しばかり善良すぎる。信じることは素晴らしい。だが、悪意を持った敵まで信じることには、どうにも問題が付随する。
警戒を強めながら、落ち着きの無い僧兵たちが、ブツブツと蛇神への祈りだか、あるいは蛇神を讃えるための聖句を口にしている。集中はしている。だからこそ、視野がどうしたって狭くなる。
……首の後ろがチリチリしやがるよ。デザインされた悪意のなかにいる気分だ。ベテランは誘い出されて、若く未熟な僧兵ばかりが残された。放火は煽るようなタイミング。リエルとミアが援護しなければ、とっくの昔に攻め滅ばされているところだ……。
……まあ、おそらくだが。完全に攻め滅ぼされそうになったとしても、この土地の優れた地下建設技術があれば―――退路を完全に断たれるということもなかっただろうがな。
そのことに帝国兵は気づいていない……と本気で信じるのは、少々、浅はかかもしれないな。全ての地下通路を知ってはいないかもしれないが、一つぐらいは見つけたかもな。そして、一つでも見つけていれば、考える。
『メイガーロフ』の重要人物たちは、追い詰め過ぎると地下通路で逃げる……もっと攻め込んで来てもいいはずなのにな。せっかく、ベテラン僧兵を誘い出したんだ。リエルとミアに殺されながらだって、攻め込むぐらいの気概があってもいい。
でも、そいつをしない。
色々な要素が、悪意の糸につながっているように感じるな。そう、やはり色々と計画的な動きの中にいるようだ。ホーアンのところは大丈夫だろうが……他の長老たちはどうしているのか。
訊いてみるか。
「……ホーアン以外の長老たちは?」
「え?あの、護衛をつけて、それぞれの私室に籠もられていますが……?」
「私室か。暗殺者に読まれやすいな。可能なら、顔を隠して同じところにでも集めておくといい」
「……わ、私の指示では……」
「そうか。指示できるヤツらは、北に攻め入っているわけだもんな……」
やはり、オレたちはデザインされた悪意の中にいるんだろうな。そう考える方が、オレは納得を手にできるよ。
「警戒させろ。今よりも、僧兵の守りを固めておけ……狙われるのは、指導力の高い長老か……財宝の管理をしている長老だ」
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