第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その十四
さて。北西の空へと向かったオレたちは次の仕事の準備に取りかかる。ゼファーで砂漠に降りると、砂丘に身を隠すようにしたまま、南からアルノア軍の偵察隊が出張って来るのを待ち構えることにした。
狼煙はまだ上がり続けている。こちらの動きが活発でないことを悟れば、偵察ぐらい出すはずだ。ヤツらが『ガッシャーラブル』を目指して歩き始めることを再開するにしても、背後の安心ぐらいは確保したいと考えるのがフツーだ。
もちろん、アルノアって男がフツーでなければ、そういう行動を選ばないかもしれないが、こちらの予想としてはヤツは、それほど非常識な敵でもないと考えている。
ゼファーは砂丘に腹ばいになって倒れ込み、遠くからでは見つからないような姿勢になっている。
『……みえてない?』
「バッチリだ。近づかれなければ、誰にも分からん」
『……よかった……っ!』
プシューと満足げな鼻息で砂を散らす仔竜を温かい目で見つめながら、オレは羊毛で編まれたフードを頭から被っていた。日差しが強いからな……夕焼けも近づく時間帯ではあるが、『イルカルラ砂漠』の暑さは変わらない。
じっとしている汗が噴き出してくるな。水筒の中身を飲むペースも上がってしまう。待つという技巧は、それなりに精神も体力も消費する行いではあるのさ。
アインウルフは暑さを好まないようだが、かつてこの土地を訪れた経験値があるせいか中年にしてはよく耐えている。生粋の現地人であるラシードにいたっては、涼しい顔だ。汗もかいていないように見える。
ギュスターブ・リコッドは狩人のように、獲物がやって来るのを見張っているよ。モチベーションが不慣れなはずの環境を耐えさせているのかもしれないが、体力の消耗が気になりはする傾向だ。あまり集中する時間が長すぎても、ムダに疲れを増やすときもあるわけだからな。
砂漠を焼く太陽の動きを、羊毛マント越しに背中で感じながらオレたちは待ち伏せを続けた。15分が経ち、20分が経つ……集中力が磨り減り始めた頃、ゆらめく砂漠の蜃気楼を突き破るように、軽装の騎兵が南の砂丘から顔を出す。
「伏せろ」
「おう!」
オレの命令にギュスターブは従っていた。砂漠に身を伏せた。熱いはずなんだが、大して気にしちゃいないようだ。戦いに対するモチベーションが、かなり高い。『大穴集落』の長老殿は、ギュスターブの耳に、砂漠におけるドワーフの剣舞の極意でも伝えたのかもしれないな。
腹が焼けてしまいそうなほど熱いはずなんだが、ギュスターブは腹ばいのまま砂丘をよじ登り、その頭を砂丘の上に出すことで獲物を観察し始める……。
「狼煙に食いついた……狼煙のところに行っているな。あちこち、調べているぞ」
「痕跡を……足跡を探しているんだろう」
「足跡?……そうか、狼煙を設置したヤツを追跡したいってわけか」
「だが、見つかりはしない」
「竜で空から降りたわけだからな」
ゼファーの着地により砂には大きな爪の後が残っている。あの偵察兵どもは初めて目にする足跡だが、よほどのマヌケでなければ竜による着陸の痕跡だということぐらいは推理するだろう。
周囲には馬の足跡もなく、痕跡を呑み込む砂嵐は吹いていない―――少なくとも、狼煙を設置してからはな。
「狼煙を設置したのが、オレたちだということはバレただろう」
「他の二カ所も、調べられているのか?」
「調べるさ。アルノアは鋭い勘に頼った予測よりも、常識的な対応を好むようだからな」
「……オレたちのセコい作戦がバレる?」
「セコいとか言うな。いい作戦だ。敵をムダに踊らせているんだぞ」
「口が滑ったよ」
そういうところはギュスターブの弱点ではある。口が悪いことで得することは多くない。間違いなく損することの方が多いさ。酒場で下らない言葉を口にするときは、周囲の爆笑を生みもするがね。
「……ゼファーを使って狼煙を設置したことがバレたところで、問題はない。それがハッタリなのか、軍隊を動かすための行動なのかを、ヤツらは見抜けない」
「迷わせることにはなるか」
「足跡がないから追跡されることもない。ヤツらが得た情報で、意味があるものは少ないのさ」
……もちろん、一つでは意味の無い情報でも、それらを集めて複合的に判断していくことで、真実を推理することもある。
だが、推理ってのは確実性はないものだ。アルノアは三カ所全てがオレたちの行動だからといって、そこからこの作戦に四人の男と一匹の竜しか参加していないという大胆な推理を出来るだろうか?もしも、したとしても……それを完全に信じ切れるとは限らん。
そして、三カ所の情報の全てが集まることはない。最も重要な北西の狼煙―――『新生イルカルラ血盟団』がアルノア軍の背後に回り込もうとしているかもしれない場所についての情報は、ヤツの耳には届くことはないのだからな。
「なあ、サー・ストラウス。連中、騎兵で十騎しかいない」
「がっつくなよ、ギュスターブ。分かっているさ。狩るには楽な人数だな」
「待った甲斐があった」
ギュスターブは腹ばいのまま砂を膝で押すようにした。器用なことに、砂丘の斜面を滑り落ちてみせる。仔竜の金色の瞳が、好奇心の輝きを放つのを目撃した。マネしてみたくなったのだろう。
楽しげに瞳を細めたゼファーも、ギュスターブの動きをマネして砂丘の斜面をすべり落ちていく。微笑ましい光景だが、ギュスターブは戦士の貌になっていた。
「ゼファー。狩りの時間だ。グラーセス王国の回転剣舞を、お前にも見せてやるからな」
『うん。たのしみー。『どーじぇ』、『どーじぇ』。それじゃあ、あいつらをたおしにいこうよ!』
「おう。ラシード、アインウルフ。準備はいいな?」
「もちろん」
「……私にも剣を与えてくれるんだな」
「戦槌の方がいいか?」
「いいや。シャナン王の戦槌を生身で振り回すのは、少々、骨が折れることだ。あの程度の敵には、剣だけで十分だ」
……『欠けた雷』、マルケス・アインウルフにのみ許された全身の『筋力増強/チャージ』を使うための才能。あれは、やはり体には負担が大きいらしいな。
「フフフ。心配はいらないよ。裏切ることはない。そして、戦いにも負けない。彼らは、私の元・部下たちの敵だ……残酷さをもって、斬れる相手だよ」
「ああ。お前の活躍にも期待している。では、行くぞ!」
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