第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その十三
散発的に放たれる矢は、こちらを傷つけることもないまま、広大な『イルカルラ砂漠』へと落下していく。これも大きな狙いではあるが、3分もする頃にはムダな矢を撃つことはしなくなっていた。
『ラーシャール』での戦いで学んでいるようだ。当然ではあるがな。それでも、これでまた数百本の矢をムダにしてしまった。矢の数は有限だからな、それほどムダ撃ちすべきものじゃないというのにな……。
『うってこなくなっちゃったねー』
「これ以上、睨み合いを続けても得はない。ヤツらは死傷者の確認と手当をする……進軍のペースは大きく遅くなるだろう」
「北西に移動するとしようじゃないか、ソルジェ・ストラウス。ラシードの仕掛けてくれた狼煙を、有効に活用すべきだ」
「ああ。ゼファー、北西の空に向かうぞ」
『うん!』
オレたちが北西へと退くと、アルノア軍には動きがある。陣形を変えていたな。北に向けて、待ち構えるように広がっていく……中央に騎兵を置いて、左右の両翼に弓兵を広げて配置する陣形だ。
「騎兵による突撃を恐れているようだね」
騎馬戦術の達人であるマルケス・アインウルフはその陣について教えてくれたよ。
「リスペクトを感じる配置ではあるよ。少数の騎兵による突撃では、あれを破ることは難しい」
「つまり、メイウェイの騎兵対策か?」
「そうだね。『新生イルカルラ血盟団』の騎兵と戦うのであれば、より攻撃的な配置にするだろう。彼らを過小評価するわけではないが、騎兵の動きではメイウェイの部下たちの方が優れている……アルノアの軍は少なくともそう認識しているさ」
「……文句はない。事実だ。我々の騎兵よりも、メイウェイの騎兵の方が優れてはいる。それに、対策が違う」
「んー?対策が違う?」
「我々と戦うとき、帝国軍はいつも隊列に厚みを作らせる。密集と、少なくとも横隊で二列は並ばせるのが定石なのだよ、ギュスターブ」
「……今は、薄くて横に一直線に見えるな」
「メイウェイの少数精鋭による突撃を、両翼の弓兵で牽制し、中央の騎兵の機動力で包囲するための陣だということさ。『新生イルカルラ血盟団』に対する陣は、まずは露骨な防御からすることに比べると、反撃への速度が高く、突破されることを許容してもいるものだ」
「ガッツリとした防御と、肉を斬らせて骨を断つような違いっていうことか?」
「その通りだ。共に守りを基軸にした反撃用の陣ではあるが、陣が持つ哲学に違いはあるのさ」
「……分かったような、分からなかったような。オレは、将としての才は冴えないのかもしれない。サー・ストラウスは分かったか?」
「当然だろ」
「……マジか。オレだけ、マヌケみたいで恥ずかしい」
「学べば良いだけのこと。故国から飛び出したのだ、見聞を広めることで、まだまだ強くなれるはずだ」
「へへ。ラシードさんはいいヒトだ」
「……とにかく。これで少し予想がついたな。『自由同盟』とメイウェイは組んでいるかのように、アルノア軍は認識している」
「『ラーシャール』での戦いが影響しているのだろう。竜と練度のある軽装騎兵が組んだ時の威力を、思い知らされたばかりだからね」
「ああ。だが、『新生イルカルラ血盟団』による攻撃だと見せかけているのに、こう出るとはな……」
「メイウェイの軍に、アルノアのスパイが紛れ込んでいる可能性を感じる」
「同意見だよ、ラシード」
「顔見知りが多いとはいえ、全員を把握しているわけでもないからね。紛れ込むことは、難しくはないさ」
「じゃあ、アルノアってヤツに、『新生イルカルラ血盟団』とメイウェイが組んだことはバレているってことか?」
「あの配置を見る限りはね。同じミスはしたくないはずだ。『ラーシャール』での負けに続いて、ここでも負ければ、アルノアに対する兵の信頼は完全に失われる……メイウェイを裏切り者とすることで、クーデターを正当化も出来る。アルノアは、自軍の兵士に『新生イルカルラ血盟団』とメイウェイの同盟について周知徹底させようとしているのさ」
「……帝国人のアインウルフがそう言うんだから、信じるべきか。でも、それってマズくないのか?こっちが手を組んでいることを知られない方が、動きやすかった気がするぞ」
「メリットもある」
「どんな?」
「兵士に動揺も広まる。メイウェイの反乱が真実味を増せば、アルノアの正当性は増えるかもしれんが、兵士にはストレスを抱かせることになる。メイウェイの強さを誰よりも知っているヤツらなんだからな」
……それに、この戦場以外にも叩き上げの軍人であるメイウェイが反乱したという情報を、アルノアが全力で広めてくれるというメリットもな。
メイウェイは『ラクタパクシャ』によるアルノアの悪事を告発しているようだし、アルノアはその汚点を払拭するためにも必死にメイウェイを反乱者として喧伝しようと部下に指示を出すだろう。
上手くすれば、メイウェイたちのような叩き上げの帝国軍人と、アルノアのような帝国貴族のあいだに大きな軋轢を生むことにつながるかもしれない……この火種には、油を注いでやりたいものだな。ヴェリイ・リオーネに頼むべき仕事を見つけた気がするぜ。
情報戦能力の高い『長い舌の猫/アルステイム』の構成員たちを使えば、メイウェイとアルノアの醜聞を、『内海』でより広めることが出来れば、帝国軍全体に対するダメージにはなるだろう。『帝国人の敵は帝国人』なのだからな。
連中のあいだに不協和音を生みたいところだ。今回の二つの醜聞は、オレたちにとって大きく有利に働くのは間違いない。ヴェリイの協力次第では、帝国人同士でも仲が悪そうな南の戦場に大きな影響を与えることも可能かもしれん。
……何だか、今のオレはとてもスパイしている気になるぜ。アイリス・パナージュお姉さんが、このプランを聞けば、いいスパイになったわね!……とでも褒めてくれそうな気がする。
まあ、情報戦のイロハは分からん。シャーロンとヴェリイに任せることになるだろうが、敵につけ込める隙があるというのなら、徹底的に利用してやるべきなのさ。
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