第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その六
ナックスが馬を走らせて、後ろから追ってくる『新生イルカルラ血盟団』の面々に向けて大声で命じていたよ。
「停止しろおおおおおおお!!食事の時間だぞおおおおおおおおおお!!」
砂漠の人々はナックスの言葉を聞くと、即座に立ち止まり、焼けた砂漠に厚手の布を敷いていたな。羊毛を編み込んだものだろう……絨毯を小さく切ったようなシロモノだ。
砂漠の上にそいつを置いて座るわけさ。直に座れば、熱された『イルカルラ砂漠』の砂に尻を焼かれることになるからだ。
皆、脚を疲れさせてしまっているようだな。ミニ絨毯の上に座り込むと、ベテランの戦士たちは自分のふくらはぎをマッサージしている者もいた。
合理的なことだと感心したこともある。食事の給仕は、子供たちがメインらしい。子供は戦闘には使えないし、細かな作業をさせても、すぐに体力を回復させる。偵察や小さな労働には向いているのさ。
もちろん、メシを配るっていうことにもな。蜂の巣に小石を投げつけた直後に見られるような光景にそっくりなものが、今、オレの目の前にあったよ。働き者のミツバチみたいに、砂漠の子供たちは駆け回っていた。
重たい荷物を運ぶのは大人の仕事だが、その荷物から食事を取り出して皆に配るのは子供たちの仕事だった。合理的な選択だよ。ガキってのは、こういう作業をさせると素早いもんだ。ときどき、慌てちまって転けちまうけどよ。
……でも。転けたとしても大丈夫そうだな、フタさえ開けてなければ。
食事の入っているモノは『壺』のようだ。金属製のフタで封じるようにしているな。だから、抱えたまま転けても中身は飛び散らなさそうだ。
「……あの壺、何だろうな」
「何だと思う、旅人よ」
ドゥーニア姫はゼファーから飛び降りながら、こちらを見つめる。ニヤリと笑っているよ。オレが当てるとは思っていないらしいな。負けず嫌いの竜騎士サンとしては、年下の娘にクイズでだって負けたくないもんだ。
「当ててやるよ」
目を閉じて、獣みたいに鼻をクンクンさせる。いい年こいちまった大人がすることじゃない……とも思うが、ガルーナの野蛮人の民度の低さを舐めるな。オレは負けるぐらいならガキっぽくていい。
……神経を集中させる。酸化鉄混じりの『イルカルラ砂漠』は少しばかり酸味があるにおいを放つ。酸味の向こうに何かを探る……。
『おー。『どーじぇ』、がんばれ……っ』
「ソルジェさまなら、嗅ぎ分けられるっすよ……っ」
愛する『家族』たちがオレに期待してくれている。たしかに、料理好きとしても負けられんな……ああ……こいつは、スパイスの香りだ。コリアンダーと……クミンか。ふむ、多くの料理に使われる基本的なスパイスたちではあるが、代表的なものは―――。
「―――カレーか」
「おお。当てた。犬並みか?」
「……いや、誰かがあの壺のフタを開けたんだろ。かなり露骨なカレーのにおいが漂っているじゃないか」
「まあな。だが、よく当てた……100メートルは離れているんだがな」
『さすが、『どーじぇ』!』
「さすがです、ソルジェさま!」
褒められちまったな。だから、犬並み扱いされたことも気にすることなく、素直に喜んでおくことにするよ。
「まあな!オレにかかれば、こんなもんだよ。さてと、全員、ゼファーから降りようぜ」
「そうですな。さあ、お二人も……」
無言でいなければならない黒い布に正体を隠した男たちは、ガンダラに連れられて砂に腹を下ろしているゼファーの向こう側に回り込んだ。ここにいる幹部連中には、ラシードもアインウルフも顔を知られている可能性はあるからな。目立たないように、こっそりとしてもらう必要がある。
社交界の華と呼ばれた紳士と、『イルカルラ血盟団』の元・リーダーとしては、目立たないようにするのは大変だろうが……まあ、二人とも上手くやるか。オレより経験豊富なベテランだしな。
「おい。竜騎士」
「……どーした、勤労少年」
仏頂面のガディンがこの場にやって来ていた。『大穴集落』の地下温泉で、オレを殺そうとした勇敢なガキんちょだ。不機嫌そうな顔をしているが、ギィン婆さんの命令には忠実なのだろう。オレの目の前に、ずいっと大きな壺を差し出して来た。
「カレーを持って来てやったぞ」
「ありがとよ」
「ふん。婆ちゃんの命令だから、仕方なくだ」
「それでも有り難い」
「……ふん。さっさと食えよ。15分しかねえぞ。他のヤツにも、分けるんだぞ」
「ああ」
「じゃあな」
無言で立ち去らないところに躾けを感じるな。ガディンは小走りで砂漠を駆けていった。ガキどもは忙しい。食事を大人に運んだら、自分たちのメシも食わなくてはいけない。オレたちよりも短い時間でな。
ゆっくりとメシぐらい食わせてやりたいところではあるが、そうも言ってはいられん状況だ。アルノアの軍勢から距離を保ちたくはある……砂嵐のおかげで、足跡を追いかけられることはないだろうが、『ガッシャーラブル』を目指して進んでいる以上、偶然、アルノア軍に見つかる可能性は増える。
星を追いかける船乗りのように、同じ方角に向けて動いているさ。メイウェイは東に逃げて、『ガッシャーラブル』に向かっているのだから。それを追いかけるアルノアは、オレたちだって見つけても不思議はないのだ。
もしも交戦状態になれば、疲労困憊の戦士たちは不利だ。少しでも腹を満たしておくべきではあるな。メシを食うのも戦の内ってことだよ。
「では、ソルジェさま、ゴハンにしましょう!」
「ああ……」
「リング・マスター、カミラ、こちらへ」
レイチェルは馬の背から下ろした絨毯を砂漠に豪快に広げていた。レイチェルは、絨毯を敷く動作の一つからして美しいものだな。サーカスのアーティストたるもの、いつでも優雅さを忘れないってことは徹底している。
長い脚を折り曲げながら、レイチェルはその絨毯の上に座った。カミラは元気に正座していた。他の子供たちから受け取った水筒を開けていたな、オレのヨメは。
「わー。これはミルクティーっすね。香りからして、ヒツジのミルク」
「栄養価が高そうだな」
「砂漠の軽食には持って来いですわね。さて、いただきましょう。このナンにカレーを挟んで食べるようですわ」
踊り子はバスケットを開いて、オレに中身を見せる。薄く丸く焼いたナンがあるぜ。カレーに合いそうだな。
「……さっそく、食っちまおう!オレたちも連戦と移動で腹が減ってるしな!」
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