第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その九十五
ドゥーニア姫の剣幕に、メイウェイの護衛の兵士どもが警戒心を強める。彼女アハヤツらに近づいてもいたからな。オレとガンダラも、彼女からつかず離れずの間合いで護衛を続けている。
だが、メイウェイは冷静さを失うことはない。その腕で護衛の兵士を押さえるようにすると、近づいてくるドゥーニア姫とオレたちを視線で牽制する。いや、オレとガンダラは見てはいない。ドゥーニア姫の行動が全てであると理解しているようだ。
砂漠の戦姫の脚が止まる。
彼女もまた冷静ではあるのさ。この行動も演出じみたところがある。交渉術だ。緊張のせいだろう。少しばかり体が震えてもいた。大した根性をしているな。
「メイウェイ。考えるまでもないだろう。決断するだけのことだ」
「いいや。考える必要はある……」
「何を迷う?頭の回るお前が、たった二つだけの選択肢で迷うことがあるか」
「……君の申し出のメリットとデメリットは理解しているさ。私とて、仲間をむざむざと死なせるつもりはない」
「ならば決まりだろう」
「……いいや。これは私だけで決められることでもない」
「ほう。部下に自由な選択権を与えてみるか?」
「そういうことだ。帝国兵士でいたいと願う者もいる。私のもとから去ることで、帝国兵士としてのキャリアを守れる可能性がある者たちもいるのだ。私は、アルノアの不正を告発しようとしている……帝国軍は、私の告発を無視することはない」
「皇帝よりも、同僚に期待しているか」
たしかにユアンダートよりも、メイウェイの心境を理解してくれるだろうさ。メイウェイと同じように庶民から叩き上げで出世しやがった兵士もいる。メイウェイのように亜人種と対等な立場でいたいと考えるヤツらもいるんだ……。
……そう。オレは知っていたはずだった。ザクロアでもいたのだ。オレたちと戦い、そして、帝国の側から離れ、『自由同盟』の戦士になることを選んだ元・帝国兵もいる。誰しもが、憎悪だけで動いているわけではない。
大多数が利益を伴う合理的な憎悪に支配されていたとしても、それ以外の感情で行動を選ぶ者たちは必ずいるのだ。帝国に表立って反することはしなくても、メイウェイの部下に同情と許容をもって迎え入れてくれる者もいるだろうさ。
「私の訴えに、耳を傾けてくれる者もいるはずだ。私の部下であった者たちが、その同志たちのもとに合流することが出来たら……同志たちは、私の部下であっても受け入れてくれるだろう。この大陸は広大だ。帝国軍は有能な兵士を求めている……私の部下である地位を失ったとしても、帝国に仕えるための権利までもを失うことはない!!」
「ハハハ!!」
「何がおかしい!!」
「それを、私が許すとでも思うか、メイウェイ?」
「……くっ」
「時間などやれない。帝国軍は私の明白な敵だ。世界の果てに夜逃げするのは構わん。だが、敵のもとに向かうことは、私は認めない」
「……そうか。ならば」
「私たちを敵に回して、ここで戦ってみるか?」
「……いいや。君に、譲歩してもらいたいところがある」
「なんだ?聞く耳を持つかは分からんが、言ってみるがいい」
「聞くさ。君にもメリットが大きいことだからな」
「……ほう。何を思いついた?」
「私たちを『ガッシャーラブル』に入城させろ」
「バカを言え」
「正気だ。私は……『ガッシャーラブル』にいる兵士たちに、選択肢を与えてやりたい。今、私と共にいる古参兵とは異なり、若い兵士たちも多い。彼らは、皇帝の考えに染まっている者も多いのだ」
「不愉快なハナシだな。それで?」
「彼らを武装解除した後に、『ガッシャーラブル』から退去させる。君らが狙うのは『ガッシャーラブル』だろう?……あの街の兵士が少なくなるということは、君らには大きなメリットとなるはずだ」
「……ふむ。つまり、お前は決めたということだな」
そうらしい。その条件を提示するということは、メイウェイもまた選択したということになる。
「そうだ。私は、君たちと組むぞ」
ランドロウ・メイウェイはそう宣言した。嘘をついているような瞳ではない。妥協の結果でしかないだろうがな。それでも選択した。
メイウェイは、とっくの昔に詰んでいたのだ。自分の命も……いや、部下とその家族の命を守ろうとしている。『ラーシャール』での戦を見ることで分かってはいた。ヤツとヤツの部下は、長い時を共に過ごしたからこその結束を持っている。
帝国軍人としての矜持とやらのために、彼らの多くを見捨てて死なせることを選べるわけがなかったのだ。決断よりも妥協の条件を提示したことは、メイウェイなりの意地でもあったのだろうさ。
ドゥーニア姫の満足げな笑い声が響いていた。
「フフフ!!……いい答えだぞ!!」
帝国軍人は、深いため息を吐く。自分を嫌悪しているヤツが浮かべる、暗くて冴えない顔になっていたよ。メイウェイの両側にいる護衛の兵士どもも、同じようなものだった。
「……私は、部下の命を最大限に守ることこそが、帝国軍人である自分にとって最後の任務だと考えている。帝国を裏切ることは、まったくもって本意ではないが……このまま無為に兵士とその家族を死なせたくはない」
「なるほど。貴様の協力を得る代わりに、私たちに『ガッシャーラブル』の兵士の一部を見逃せということか……」
「お互いにとって妥協できる点ではないだろうか?……彼らは若い。アルノアは解放された兵士たちを殺すことはないはずだ。軍の支持を失うことの恐ろしさを、帝国貴族は身に染みて理解しているはずだからな」
帝国人の敵は、帝国人。『ガッシャーラブル』で拉致したロビン・クリストフ特務少尉は、そう教えてくれていたな。アルノアは貴族だし、ユアンダートの友人なのかもしれないが、色々と悪事を働き過ぎているし、メイウェイの指揮権を奪った。
帝国軍人からすれば、好かれるようなことはしてはいない。罪と責任の少ない若者を殺すことは、一般的に悪評を招くことにつながる。アルノアも、若者を殺そうとは思わないってことさ。倫理感ではなく、自分からこれ以上、軍の支持が離れないようにしたいわけだ。
「解放した兵士たちを、アルノアはすぐに前線では使わない。裏切るかもしれないと考えているからだ」
「少数の若者を解放したとしても、私たちに実害は少ないと言うのか……」
姫君は若い唇に折り曲げた人差し指を当てながら、かたわらにいるオレとガンダラに目配せする。猟兵たちの頭は、無言のまま頭を縦に振っていたよ。
メイウェイの言葉は、おそらく真実である。アルノアは若い兵士を殺せないし、信じることも出来ないだろう。
「……よし。了解したぞ、メイウェイ。貴様とはこの戦い限りの同盟を組む!」
「ああ。私の命はどうにでもするがいい。だが、君たちに協力した兵士と、その家族を守ることを誓ってくれるな?」
「当然だ。ソルジェ・ストラウス」
「もちろん、オレにも異論などないぞ。帝国に追われる身となるのであれば、『自由同盟』に亡命するがいい。クラリス陛下は、亜人種の家族を持つ元・帝国人であるのなら、何も迷うことなく受け入れて下さる」
「……助かる。ガルーナの竜騎士よ……先ほどの戦は、見事だった」
軍人として、戦の手腕を褒めてくれるらしい。あれだけの戦上手に褒められたのであれば、当然ながら誇らしくもある。ランドロウ・メイウェイは、オレを敬意と怒りを込めた貌で見つめていた。何とも心地よい視線であったな。
礼節には、礼節をもって応えよう。竜騎士としての義務の一つだ。
「ランドロウ・メイウェイ大佐。貴殿も見事な戦いをしてくれたぞ。オレの動きを読んでくれていたな」
「……二度目だからな。戦を通じて、悟れることもある。貴殿は、敵に回せば厄介そのものだが、味方であるというのなら、とても心強い男だ」
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