第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その八十
ゼファーは続けざまに二つの火球を放っていた。一つはマルケス・アインウルフが教えてくれた帝国軍の塩貯蔵施設。そして、もう一つはラシードが教えてくれた塩問屋だ。
爆撃されたその屋敷を見下ろしながら、ラシードは教えてくれる……。
「『メイガーロフ』の岩塩は免許制の商いの一つでね。北のカナット山脈の山肌から削り出した塩は、
『メイガーロフ』の巨人族の懐を豊かにした……『内海』から来た逃亡奴隷であった先祖たちは、その岩塩を削り出して運ぶことで、この土地の流通を支配していったのだ」
そうして『メイガーロフ』の巨人族は力を蓄えていき、この土地に自分たちの王朝である『メイガーロフ武国』を築き上げたというわけか。
牛や馬という物資を運ぶために必要な家畜たちには、塩が不可欠じゃある。それを牛耳ることで、内海と砂漠、カナット山脈を越えて『アルトーレ』へとつながる『メイガーロフ・ルート』という商いの道での利益を確保することが出来たわけだ。
巨人族ってのは、やっぱり賢いヤツが多くいるみたいだな。この土地で最も重要な商材が何なのかを見つけたことで、主導権を取れたのか。
「ふーん。歴史ってのは、色々とあるもんだな。オレたちの国じゃ、岩塩ってのはあちこちにちょっとずつあって、それを勝手に削り出していたぞ。シャナン王の育てていた『ベヒーモス』はガリガリ噛み砕いて食べていたな……」
「『ベヒーモス』というのは、モンスターなのかね?」
「巨大な牛だよ。正直、ちょっと自信はないが……多分、モンスターでは、ないんじゃないか?まあ、さっき殺したモンスターよりもデカいヤツは、いくらでもいるけど」
「世の中は広いということのようだ。そのような家畜がいるとは……」
「空飛ぶ家畜もいるけどな」
「竜は家族だ。家畜ではないぞ、ギュスターブ」
『そーだよー。ぼくは『ぱんじゃーるりょうへいだん』のいちいんだよー』
「口がすべっただけだ。怒らないでくれって」
「もう。リエルちゃんが聞いたら、空から投げ落とされているかもしれないレベルの失言っすよ、ギュスターブさん!!」
「わかった。あやまる。頼むから、あのエルフのお嬢さんには伝えないでくれ。無言で三十回ぐらいブン殴られそうな気がする」
リエルならやりかねん。というか、もっと酷い暴力による制裁が目に浮かぶ。ギュスターブ・リコッドはコミュニケーションを磨く必要があるな。いつか口のせいで大きな失敗をするかもしれん。
『それで、つぎはどーするの?』
健気な仔竜は仕事熱心だった。オレは嬉しくなって微笑む。
「破壊工作は、これぐらいでいいだろう。こちらも、あまり魔力を消耗するのは得策じゃない」
『……うん。『ごはん』たべたばかりだから、まだまりょくもかいふくしてないかんじだしねー』
「……『ゴハン』ってのは、何のことだ?」
『えーとね―――』
「―――やっぱり、言わなくていい」
『そう?』
「なあ、ゼファー、オレはお前の友だちなんだ。グラーセス王国の戦士は、いつだって竜と友だちだ。食べ物じゃないぞ」
『わかってるよー。ぎゅすたーぶは、ともだちでなかまー』
「分かっているなら、それでいいんだ」
竜は何だって食べるわけじゃない。帝国人しか食べないように言いつけてある。ギュスターブは豪快な戦士のくせに、少しばかり心配性だな。
しかし、それほど恐怖と警戒心を抱くゼファーの悪口を言える蛮勇っぷりは、さすがはドワーフの戦士だと感心もする。
『こうげきは、もういいの?』
「ああ。メイウェイも軍を率いて脱出しそうだからな」
『ラーシャール』の街並みを駆け抜けながらの帝国騎兵どもの戦闘は、メイウェイ側の有利に進んでいた。こちらの援護につけ込んだ攻撃で、アルノア軍の追撃の頭を潰しやがったからな。
アルノア軍の騎兵どもは、弓を装備していない。仲間の死体が邪魔になって、反撃の突撃が出来ないような状況に陥り、矢を幾つも浴びてしまった。その戦況を変えるために、アルノア軍の騎兵どもは『ラーシャール』の細い街路も駆け抜けていく……。
戦力を分散したことで、アルノア軍の騎兵とも数と体力で劣るメイウェイの軽装騎兵は戦えたというわけだ。もちろん、両者の消耗はつづいていて、その損害はどちらも無視しがたいものになっている。
……朗報ではある。帝国人同士のつぶし合いという、理想的な状況には満足することが可能だ。
メイウェイらは交戦しながらも北へと向かい、そのまま北門から次々と砂漠へと向かって飛び出していく。
逃げる先は、もはや一つだけ。東にある『ガッシャーラブル』だ。メイウェイはアルノアに降伏することはなく、『ガッシャーラブル』で自分の指揮下においた軍勢を集めるつもりなのだろうよ。
予想は出来るが、元・上司の意見を聞いてみるか。
「アインウルフ、メイウェイの思惑が分かるか?」
「……君にも分かっているだろう。『ガッシャーラブル』に下がるしかない。そこで守りを固める」
「どっちに対してだ?」
「アルノアにも、『自由同盟』にもだ。帝国を裏切るというよりも、自分の名誉が回復する機会を待とうとするだろう……国防の義務を果たしながらな。『自由同盟』が動けば、アルノアも『ガッシャーラブル』に陣取ったメイウェイを攻撃しない可能性がある」
「可能性か」
「……真の軍人ではない。彼は己の利益のためには、どんな行動でもする男のようだからね。アルノア伯爵の行動は、読めないところもある。私とは異なる意味で、予想外の行動をするだろう」
「アンタは衝動的じゃあるが……名誉のために動く。アルノアは、名誉よりも利益か?」
「権力を得たいのかもしれないし、皇帝への盲目的な崇拝もあるのかもしれないね」
「皇帝を、崇拝している……?どういう意味なんです?」
「人間族のみによって運営される支配が、帝国貴族が目指す理想と考える者は少なからずいる。それが、帝国貴族の一部に大きな結束を生んでもいる」
「人間族第一主義のシンパは、帝国の若造ばかりではないと?」
「皇帝の理想は、人間族には都合がいいからね。帝国貴族のほぼ全員が、人間族だ。たまには、例外もいたが……『血狩り』で、減ったはずだよ」
人間族以外の血が混じった貴族を見つけ出して、排除する。それが悪名高き帝国の『血狩り』だ。
『狭間』の存在は、人間族第一主義には不都合な存在なのだろう。アルノアという男が『城下騎士団』なる輩を動かした以上、ヤツも人間族第一主義の熱心な信奉者ではあることの証明にはなる。
……さてと。少しばかり、悩まなければならなくなったな。何か?……もちろん、メイウェイを確保するタイミングだ。メイウェイをこのまま拉致することは難しくもないんだが、それをすればメイウェイの軍勢は崩壊しちまうな。
アルノア軍を打撃するための戦力が減るということでもある。200人ほどの軽装騎兵が、メイウェイの指揮下にある。かなりやられちまってはいるが、『ガッシャーラブル』の戦力と合流すれば、まだ戦力は回復するだろうさ。
……さてと。どのタイミングで、メイウェイを拉致するべきだろうか?
そう考え込もうとした矢先のことだ。白い『フクロウ』がオレたちを見つけて、羽音を響かせながらゼファーの頭にとまっていた。
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