第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その六十六
「―――何だ、貴様は!?」
「―――人間族のくせに、邪魔をするのか!?」
「―――まあね。君たちの行いは、騎士道と呼ぶに値しない。軍人としての行動としてもな。まるで、破壊だけを求めている」
……戦略的な略奪を行えとでも言いたいような口ぶりだな。マルケス・アインウルフにとっては、ヤツら若い帝国人は後輩にあたるからか?……未熟さを見つけて苛ついているのか、それとも紳士らしい嫌がらせなのかもしれん。
未熟さを突くことで、劣等感を刺激される若者は多いからな。アインウルフのすました声は、若く未熟な帝国人の青年たちの気に障ったのかもしれない。青年は劣等感を噛み殺しているのか、興奮したロバみたいに首を振って吼えた。
「―――うるせえよ!!この、裏切り者が!!人間族のくせに、亜人種の肩を持つなんて間違っていやがるぜ!!」
「―――皇帝陛下のお言葉だ!亜人種どもを、オレたち人間族のための世界から消し去るんだ!!」
「―――女神イースの名のもとに、浄化を実行する!人間族第一主義のために、亜人種どもをこの世界から一掃する!……それこそが、オレたち『浄化騎士団』の使命だ!!」
「―――まったく。嘆かわしい言葉だよ。女神イースの名も、そんなことに使われるとは……」
帝国人のイース教は幾つかの宗派があるらしい。『カール・メアー』のルチア・アレッサンドラは亜人種への殺戮を『慈悲』とまで称したが、厳律修道会派のシスター・アビゲイルにはそんな思想はなかった。
『狭間』であるあの婆さんは、帝国人に紛れて自分の信仰の道を貫いている。亜人種も『狭間』も助けるという道をな。
あきらめの慈悲と、不屈の受容……尼僧らしい道は、オレは後者のような気がするんだがな、女神イースよ?……本物のアンタは、どっちの宗派の生きざまに『女神の慈悲』と称する権利を与えるんだろうな。
「―――うるせええ!!」
アインウルフに若い帝国人は挑んだ。アインウルフは殴り倒した帝国人からサーベルも盗んでいたよ、貴族らしいが盗賊のような身軽さがある。ヤツの感覚は鋭く尖っていて、反射的な行動の質が高いと来ているのさ。
「―――甘い!!」
教育的な言葉と太刀筋ではあったよ、踏み込みながらの一刀で、アインウルフは無意味に振り上げられすぎていた若者の右手首を深く斬りつけていた。
「―――ぐああああッ!!」
「―――雑な攻撃をするときは、もっと速さが要るんだよ、未熟な若者よ!!」
「―――ひい!」
サーベルで若い帝国人を斬りつけていた。殺すつもりではない、深手を負わせるだけだ。苦しめて殺す?……いいや、致命傷ってほどじゃない。一生、片腕が使い物にならないようにした程度のダメージだった。
ベテランらしいというか、その負傷者をメッセンジャーにするつもりかもしれない。帝国軍のサーベル術による深手だからな、軍医かそれなりの剣術の腕がある兵士が見れば、帝国の兵士による傷痕だと伝わるだろう。
負傷した兵士は、仲間たちに支えられて後退を始める―――それでいいさ。
「―――集まれ!!」
「―――敵だぞおおお!!」
「―――蛮族がいる!!蛮族へ肩入れする裏切り者もな!!」
『浄化騎士団』どもが集まろうとしている。遊撃に徹するのも手ではあるが、一所に集まるのも悪いことではないさ。
返り血まみれの重装兵が、鋼をガチャガチャ鳴らしながら集まって来る。隊伍を組んで攻撃するつもりかもしれないな。数の利を使う……戦術の基礎中の基礎だ。戦力は集中させて使うべきじゃある。
「―――いい数が集まって来たな!腕が鳴るぞ!」
「―――こちらも連携して戦うべきだ」
「―――うむ。この狭い通路に陣取れば、効率的な戦いが出来そうだね」
……いいや。そうじゃない。その必要はないんだよ。ギュスターブもラシードもアインウルフも文句の付け所なんてどこにもない、有能極まる戦士たちじゃあるが、『パンジャール猟兵団』の猟兵は、君らよりも上なのさ。
金髪の娘は、うつむきながらも隊伍を組む帝国兵に近づいていく。
「―――……罪の無い人たちを殺した。戦うための力も、意志も、理由も無かったはずの人たちを斬り殺して……皆の家を焼いた。幼くて、逃げ足の遅い子もいたでしょうに。年老いた人たちだっていたはずです」
「―――なんだ、この女?」
「―――人間族か?」
「―――女よ、退け!人間族は助けてやってもいい!」
「―――……それが女神の慈悲と言うのなら、『私』はそれを許すつもりはない。偽りの女神の徒であるお前たちに、魔王の眷属たる『私』が罰を与えます。苦しんで、死になさい」
『聖なる呪われた娘』は怒りに煌めくその双眸を敵どもに―――いいや、獲物どもに向けていたよ。幼気なまでの殺意の深さを、若い帝国人たちの未熟な感性は気がつけない。この世の中には、怒らせてはならない力を持った人々がいる。カミラ・ブリーズは、その一人だ。
第五属性『闇』、ヒトには禁忌であるその魔力。カミラの広げた両腕から大地へと伸びた影が、怒りのままに奔るのだ。
まるで、世界を呑み込むような勢いで、カミラの影は広がり、愚かな帝国の殺戮者どもをその『闇』の魔術の内部へと捕らえていた。
「―――な、なんだ!?」
「―――ま、魔術!?」
「―――し、しかし、こ、こんな魔術は知らないぞッ!?」
「―――……か、体が!?」
「―――う、動かないッ!!」
『影縛り』、『ガオルネイシャー/醜い砂漠の怪蟲』の動きさえも封じてしまう魔術だ。初見でそいつを躱せるのは、オレとかガルフ・コルテスぐらいのものだろう。まあ、オレたちだって、かつては殺されかけたほどの力なんだがな……。
『吸血鬼』の能力は、桁違いに強い。カミラ自身がかつては恐怖した程にな、だが、今ではその力を受け入れて己の力と才能の一つとしつつある。
『聖なる呪われた娘』は猟兵の『正義』が定義する怒りのままに、言葉を紡ぐのだ。
「―――そんなに殺し足りないのなら、お前たち自身で殺し合うがいい」
「―――う、腕がああ!?」
「―――や、やめろお!!」
「―――う、う、うわああああああああああああああああ!!?」
精密な『闇』の制御だったよ。カミラの怒りのままに、『浄化騎士団』の騎士たちは無辜の民の血に赤く染まった剣を振り上げる。お互いがお互いを向き、その罪に穢れた鋼を振り下ろす。
悲鳴が合唱される。罪深き帝国人どもは、斬り殺した亜人種の血に染まった鋼で、それぞれの体を斬りつけさせられていた。罰としては相応しいものだろう。魔王の妃、カミラ・ブリーズは虐殺者どもに相応しい死を与えていたのさ。
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