第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その六十一
『いくよー!!』
ゼファーは砂を蹴散らしながら『イルカルラ砂漠』を疾走する。十分な加速を手にしたゼファーは翼を広げて空へと帰還する。
砂嵐はかなり弱くなっている……構わないさ。見通せる範囲が広くなるのは事実だ。魔眼の力は偉大だが、瞳術は使い続ければ魔力を消費し過ぎてしまう。戦闘になる前に、魔力を消費するのはこれ以上は避けておくべきだろうな。
「……ソルジェさま。戦いに、なるんすね?」
「オレの勘が外れなければな」
「ソルジェさまの勘は、外れないっすもん……自分、知ってます」
「ああ。根拠は乏しいが、外れたことはない」
「……アルノアが『ラーシャール』を襲撃するか」
「メイウェイの行動は早すぎた。アルノアの行動もな……」
「いつか起きると考えていたことだ。早まることもある……」
「……ラシード。住民を避難させる方法に良案は?」
「ふむ。南から敵が来るというのなら、逃げる場所は二つ。西の『イルカルラ砂漠』の奥地へと逃げ込むか……北に向かい『ガッシャーラブル』を目指すかだ」
「南から進軍して来たばかりの部隊なら、疲れているだろう。砂漠と荒野、そしてカナット山脈の斜面を強行軍で突破することは、かなり負担が強い」
「帝国兵を率いて実際にそれを行った将軍の意見か」
「そうだ。私の意見を参考にするといいぞ、ソルジェ・ストラウス。アルノアの部隊は私たちよりも疲弊しているはずだ。我々ほどに、良い脚の馬を彼らは持ってはいないからだ」
「……メイウェイがアンタから引き継いだ騎兵の若い衆は、アルノアへ寝返っているんだぜ」
「砂漠の行軍をサポートすることは骨が折れる。『イルカルラ砂漠』を自分の脚で歩いたことはないだろう?」
「……ああ。ゼファーに頼っている」
「砂地は体力を奪い取る。若者の熟練度では、蛇神の呪いに熱された砂漠を踏破することは難しい。体力任せの突破になり……その結果、馬の疲弊が増すのだ。若者は、馬の体力の衰えを過小評価しがちだからね」
若手の体力は有益だが、馬術にはそれが仇となることもあるようだ。馬の専門家がマルケス・アインウルフという男だ。ヤツが言うのだから、間違いはないのだろう。
砂漠の経験不足はオレも一緒。ベテランたちから知識として得られる情報は、オレの感性などよりも信頼がおける。
「昨夜の戦いとメイウェイ行方不明の混乱もある。帝国兵どもは、それほど良い動きはしないか……アルノアの援軍も疲労が強い。さて、市民をどう誘導すべきなんだ?」
「……メイウェイの軍とアルノアの軍を戦わせることが最良なことだけは確かだ。アインウルフ」
「なんだね、ミスター・ラシード?」
「ストラウス卿に頼み、メイウェイを戦場から拉致するタイミングを遅らせてくれないか?」
……オレでは言いにくいことだとでも考えて、ラシードはそんな発言をしてくれたのだろうか?……だとすれば、いいヤツだな。
「構わないさ。ミセス・カミラの『力』を借りれば、囚われの身になったメイウェイを回収することも難しくはない。拷問ぐらい耐えてくれる男だ」
「……だろうな。私も、そう考える。ストラウス卿。戦術を縛る契約はなくなったぞ」
「おかげさまでな。恩に着るぞ、ラシード」
「貢献できたのなら、幸いなことだ」
「ハナシは戻るが」
「分かっている。メイウェイが住民の虐殺を嫌うというのなら、『ラーシャール』の北門は確保するはずだ。主力の弓を持った軽装騎兵を、町の北側に配置する」
「メイウェイらしい駒運びだ。空間を広く空けて、密度を犠牲にするが……スピードと弓の射程を活かして北門の周辺を守り抜く。私は、そう教えたし、メイウェイもそれを好んだ」
ラシードとアインウルフが同意見だというのなら、この予想はおそらく当たる。戦士の勘は信じろというのが、猟兵の考え方だ。
「北門から出る人々を援護する、それが大きな方針ってことで良いわけか」
「そうなるだろう」
「もちろん、戦局は流動的になるよ。両軍、疲弊と混乱に包まれているはずだからな。戦略通りの行動が取れるとは限らないものだ」
『野生』や『衝動』を忘れないアインウルフらしい指摘じゃある。ラシードは攻撃的な戦術家であり、アインウルフは本性で言えば防御を好む……と、オレは評価しているが、その評価通りだ。
ラシードはイヤがるだろうが、この二人がコンビとなれば、『メイガーロフ』で最強の戦術を組めるチームになるかもしれない。
……『バルガス将軍』が『ザシュガン砦』で死亡したという偽りの事実と、アインウルフという帝国人が思いもよらないアドバイザー……二人の知識と経験を借りることで、砂漠の戦の経験値が少ないオレでも、戦術を組み上げることが出来そうだ。
「破壊することで敵の足止めになりそうな通路はあるか?」
「ああ。『ラーシャール』はオアシス都市だ。大きな水源があり、人口も密集している。通路は『ガッシャーラブル』よりは広いが、竜の炎で爆撃すれば倒壊して瓦礫が道を塞げる……」
「なるほど」
「狭い通路をそれで破壊し分断すれば、いい時間稼ぎになるはずだ。長大な大通りは……竜の炎の息が有効なんじゃないかね?」
「おお。そういうのはゼファーの得意だ」
『とくいー!やいちゃうよー!』
「はい。ゼファーちゃん、がんばってくださいね!」
『うん。かみらも』
「ええ。ソルジェさま、自分も『コウモリ』、いつでもいけるっすよ!」
「そうだな。状況次第では頼ることになる」
「はい。いつでも、ご指示下さい」
『……んー。『どーじぇ』、すなあらしをぬけるよ!』
砂嵐を貫き、熱に灼かれる青い空へと踊り出る。
日光が目に染みるが……そんなことに怯んでいる場合ではない。『ラーシャール』が見えた。
そこには帝国軍の軍勢がいやがったよ。予想は当たった……3000超えのアルノアの軍勢か。『ラーシャール』の南側に配置している?……いや。待機しているだけじゃない。『ラーシャール』の街並みからは煙が上がっていた。
攻撃は、すでに始まっている。
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