第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その五十七
ミシェール・ラインハット曹長が沈黙するあいだも、砂嵐は吹き荒んではいたが、それもまたゆっくりと弱まっていくのが分かった。砂嵐が終わろうとしている。より正確には、この場所から去ろうとしているのだ。
この砂嵐は南東へと向けて進んでいる。オレたちがいる場所から遠ざかるようにしているのさ。体に降り積もる砂を身震いして落としてみた。立ち話をするには最適からは、かなり遠い環境にある場所だが……ちょっとずつマシになろうとしている。
赤茶色く濁った視野は、ゆっくりと普通の空へと戻っていく。ミシェール・ラインハット曹長が馬を北へと走らせたのは、彼女も経験則で北に走れば砂嵐を抜けられると知っていたからかもしれん。
砂嵐のなかで自分の上空を竜が飛んだ?……賢い彼女なら分かったのさ。砂嵐が竜にとっては全く何の遮蔽物にもならないことを。だから、砂嵐を抜けて視界を得ようとしたのかもしれない。目隠しの状態で竜と戦うよりはマシだと考えてでもいたのかもな。
訊いてみたくはあるが、それよりも優先すべき会話がオレたちにはあるはずだった。
思考の時間を終えたミシェール・ラインハット曹長は、細めた瞳でオレを観察しながら口を開く。
「まさか?……そんな仕事が、あるっていうの?」
「よくするような仕事じゃないが、今回に限ってはそういう仕事なんだよ。メイウェイを殺すつもりはないんだ」
「信じられないわ」
「だろうな。オレも、他人がそんなことを口にしたとしても、すぐに信じたりはしない」
「……もしも、本当にあなたが真実を語っていたとして……どうして、それを私に伝えるのかしら?」
「君のことを知ったからだな。オレも自分がどういう仕事をしているのか、正直に話してみたくなっただけだ」
「どうして?」
「残念ながら、それほど駆け引きが上手ではないんだ。だが、ガルーナの野蛮人らしく、直感を信じている。君とは本音で語り合うべきだろうと感じているのさ」
「私と、あなたが……本質的には敵じゃないとでも言いたいのかしら?」
「そうだ。君は帝国に夢を見ていたのかもしれないが、根底にあるのはお父上の仇を取りたいという復讐心と……メイウェイへの恩だろう。あるいは愛情か?」
「愛情?……恋愛感情みたいなものは大佐にはないわ」
「なるほど。では、家族愛に近い感情はあるのか?」
「……ええ。それは、あるかもね。大佐は、父さんの友人。私にとっては、叔父みたいな存在かもしれない……」
「上司と部下という立場を越えた、いい関係らしい。君は、メイウェイと一緒に行動していたな?」
「……黙り込んでも、ムダみたいね」
「ムダだ。君があの隠し砦にメイウェイといたことは知っている」
「……っ」
表情の険しさが増したのは、自分の罪の重さに歪んだからだろうか。オレは意地悪な男になりたいわけではないから、彼女が『仲間』を殺したという事実には振れるつもりはなかった。
知りたいのは、彼女の罪などではない。メイウェイ確保につながる情報だ。
「メイウェイと行動していた君は、彼や仲間を守るため、『ガオルネイシャー』の群れに自分を追わせたんだろ?」
「……そうよ。私は……しなくちゃならないと考えたことをしたわ……」
「メイウェイは反対しなかったのか?君一人では、少しばかり腕が立ったとしても『ガオルネイシャー』を三匹同時には相手できんぞ」
「……この砂嵐のなかだもの。大佐をまくことぐらい出来るわ……それに、部隊の誰よりも、『ガオルネイシャー』の動きに先んじて気づくことだってね」
「メイウェイよりも君の方がこの土地では経験豊かだもんな」
「ええ。生粋の『メイガーロフ人』だもの……」
……そう呟きながら、彼女は剣を鞘にしまう。思い悩む表情のままではあるが、戦闘能力の差を考えると好判断だ。如何ともしがたい力量差があるだけでなく、彼女は負傷し、疲れ果ててもいる。
「……抵抗をあきらめたか」
「抵抗できる余力があるフリをあきらめたの」
「たしかに、その言葉の方がより正しい」
「……昨夜、竜で戦場を焼いて回ったあなたが、どれだけ多くの兵士を斬り捨てたのかを私は知っている。それに、この砂嵐のなかでも『ガオルネイシャー』を倒した……ボロボロの私が抵抗したって何にもならない」
「そうだ。大人しくしておけ。そして、一つだけ質問に答えろ」
「……大佐の居所ね」
「メイウェイを救うためにも、どこにいるのかを知る必要がある。メイウェイはどこに向かった?……メイウェイを支持する部隊との合流地点はどこなんだ?」
「……話すと思う?」
「君は話すさ」
「どうして?」
「メイウェイを死なせたくないのなら、その判断が正しいからだ」
「……『蛮族連合』を信じろというの?」
「アルノアはメイウェイの部下を多く引き抜いているんだぞ?……昨夜、君らは劣勢な状況であることを思い知らされたんじゃないのか?」
「……それは」
「不利な戦になる。そうなったとき、メイウェイのような軍人は『自由同盟』という強大な敵との戦いにこそ心血を注ぐ。メイウェイは軍事力を組み上げて、アルノアに自分たちの勢力の大きさを見せるだけだ……アルノアが、メイウェイではなく、メイウェイの部下を襲わないように力を見せた後で……アルノアに自分を差し出すつもりじゃないのか?」
「……大佐が、死ぬつもりだと言うのね?」
「君に訊きたいんだがな。メイウェイが軍人としての職業倫理に厚い男だというのなら、その選択をするかもしれん……そうは思わないのか?」
「……沈黙することでは、あなたは誤魔化せそうにないわね……」
「君はメイウェイを死なせたくはないだろう。君は、きっとオレに協力してくれると信じているよ」
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