第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その三十六
シャーロン・ドーチェの指導を受けたギュスターブ・リコッドは、短い脚で砂の上を歩いていく。砂の下に潜んでいるかもしれない地雷に対して、ゆっくりと歩いていく。慎重さを極めた動きだ。
ギュスターブのような戦士にとっては、ああいう動きを選ぶことは難しいだろう。落ち着きのあるようなタイプの戦士などではないのだからな。
オレは魔眼の力で砂の下にある地雷を見つけることは出来るんだが……今はギュスターブの動きを見たい。猟兵の動きをしてくれているのかを、確かめたいのさ。ギュスターブは目と鼻と耳と足裏の感覚を使いながら、ゆっくりと進む。
指先で砂をかき分けながら、異物を探ろうとしているな。鼻も使う。『風』の魔力を鼻に強く宿しながら、分析の力を強めていくのさ。猟犬のような鋭い嗅覚になりながら、砂に足跡を残していった……。
後ろ脚へと体重を残しながら、ゆっくりと前脚を踏んでいくのさ。もしも地雷を踏みつけても、その仕掛けが作動しないようにするために……砂の流れのようにゆっくりと重心を動かしている。
悪くない。
元々、狩人としての技巧は持っていたのだろうな。ギュスターブは、理想に近しい動きをしながら、猟兵もどきの水準で朽ちかけの砦まで足跡を連ねてみせる……ギュスターブの集中力を削がないように言わなかったが、この砦の周りの砂には爆弾は埋まってはいない。
時間をかけてもいいから、ギュスターブの技巧を見たかった。有能な戦士の成長を見るということは、一種の喜びだからだ。
褒めてやれるべき水準ではある……だが、オレが褒めるよりも先に行動を続ける。ギュスターブ・リコッドは、砦にはめ込まれた古い木製のドアの鍵穴に黒い瞳を近づけていく。地下に広大なダンジョンを築いたグラーセス・マーヤ・ドワーフたちは、暗い穴をのぞき込む能力に長けているようだ。
だからこそ、シャーロンはあのタイプの偵察術を教えた。ギュスターブは鍵穴を構築する暗くて小さな穴の奥が薄らながらに見えている。そして、当然ながらギュスターブはドワーフ族なのだ。
シャナン王と共に、アーレスの竜太刀を打ち直してくれたほどの、鍛冶の腕前を持つ。鋼と語り合うことが許された種族の一人であり、ギュスターブにも若干ながらのその才能があるらしい。
「……なるほどな」
鍵穴を作り上げている鋼の声を聞いたギュスターブ・リコッドは、大剣の柄頭を太い指でいじくり、そこから長くて太さもある針金を抜き取っていた。
ギュスターブはその針金を、五、六カ所ほど曲げることで即席の鍵を作り上げてしまう。ものの十秒もかからなかったさ。
「さすがはドワーフだ」
「おう。オレも、少しは聞けるんだ。鋼の声がな。それに鍵穴の奥も見える……仕掛けはない」
「正解だ。オレたち猟兵の技巧ではなく、お前のオリジナルの部分も多い行動だが、見事なものだよ」
「この『鍵』が機能しなかったら、かなりダサくなっちまう。成功するまで、褒めないでくれると助かるかもな」
「成功するさ」
「……そのつもりだけどさ。サー・ストラウスは、厳しいぜ」
「信じているだけだ。プレッシャーに思う必要はない」
「不慣れなことについてはさ、どうにも上手く行かないんじゃないかって、不安になるって気持ちを分かってくれるかい?」
「まあな。ほら、さっさと試してみろ」
「おう。上手く行っていると、思うんだがな……」
針金で作った鍵を、ギュスターブはドアの鍵穴のなかへと差し込んでいく。ギュスターブがドワーフらしいヒゲの生えた口周りを舌で舐める。集中している証だな。鋼をぶつけ合わせているときも、ギュスターブの舌はときどき、ああ動くことがある。
……癖ってのは、どこか本能的なものなんだよ。
練習で一万回注意されて、練習では完全に修正し隠しきれるようになった悪癖でも、極限状態に持ち込まれると出て来るものだ。殺し合いの最中と同じぐらいには、今のギュスターブは集中をしているってことさ。
……若者らしく、失敗を喜べないわけだ。鍵開けについては初心者であるくせに、それを失敗したくなくて必死になっているらしい。素直ではない、ドワーフ族らしい男だな、ギュスターブ・リコッドは。
ガルーナ人の感覚では好青年に所属するギュスターブは、鍵穴に差し込んだ手製の鍵をゆっくりと回転させていった。カキカキギギィと鋼同士が絡み合い、こすれてしまっているような音がしていたよ。
ギュスターブの鍵は、鍵穴の内部構造に対して、しつこい蛇のように絡みついていた。最後の捻りを加えたその瞬間に、扉の鍵は見事に開いていた。
ガチャリ!
祝福の歌を鍵穴は放ち、若き戦士の顔に自信過剰な笑顔が戻っていた。
「おお!オレ、やっぱり、何を教えられても、呑み込みが早い」
「見事だぜ」
「お見事っすよ、ギュスターブさん!」
猟兵夫婦からの言葉に、好青年は満足げに大きなドワーフの口を広げていた。クマのそれみたいに頑丈そうな歯並びを、ギュスターブはオレたちに見せつける。
「褒められるのは嬉しい。とくに、オレよりも強い猟兵たちに褒められるのは」
「……戦士ならば、当然だろう」
ラシードはそう語る。アインウルフは腕を組んだままうなづいていた。
「良い仕事だよ、ギュスターブ」
「アインウルフに褒められたぞ」
「褒めるに値することだろうからね」
「……まあな!オレは、ドワーフだからな。こういうことだって、やれるんだ」
「戦士として、また一つ成長してくれたようだな」
「そういうこと。こいつにも、『ラミアさん』の指導が生きている」
「……ラミアか」
「変わらないお人っすね、シャーロンさんも……」
「女装生活が気に入っているように見えたぞ、オレにはだけど」
あながち外れとも言えないことだ。シャーロンは、悪ふざけを『楽しいコト』として捉えることも可能なタイプの邪悪な大人ではあるからな。ルード・スパイの一員としてのクールさを持っているはずなのに、それをオレたちの前では隠したがる。
……それが、オレたちのあいだに友情を保つためのコツなのかもしれないがな。『ルードのキツネ』としての『シャーロン・ドーチェ・パナージュ』と、『パンジャール猟兵団』の猟兵であるシャーロン・ドーチェは同じ存在というわけではない。
ふざけた側面を保つことで、オレたちは猟兵同士でいられるような気もするのさ。
……とにかく。
「ドアは開いた。中を調べるとしようぜ」
「おう!先頭は、あいかわらずオレに任せてくれ!」
「ああ、頼むぜ、我が友よ」
「おうよ。任されたぞ、サー・ストラウス」
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