第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その三十二
愛について考えながら、『メイガーロフ』の荒野と砂漠の混じる、乾きの土地を眼下に見下ろす。視力が大地の変化に気がついていたよ。乾いたままではあるが、地上には大きな変化が生じている。
鳴動しているのさ。
それは流砂の鳴きながら放つ歌だろう。乾いた大地の底から、パキパキという音と、砂をこすり合わせるような、ざらついた音が流れている……。
「……あれが流砂ってヤツか?」
アインウルフに訊いたつもりだったが、ラシードが素早く反応してくれていた。
「そうだ。地下水の流れによって、大地の奥底には大穴が存在している。そこに向かい、地上の砂が流れ落ちていくのだ」
「流れ落ちていったら、埋まりそうっすね?」
「おそらくは流れの速い地下の水脈があるのだろう。それが、常に砂を回収している。ここより遙か南には、泥水があふれるようにしてわき出す、泥の沼地がある。そこから流砂の砂があふれ出していると、我々は考えている」
『大穴集落』の地下にも、豊富な水量から成る温泉があったな。砂漠の地下水脈の強さは、かなりのものであるらしい。その地下水脈たちは、南に向かって地下を走っていく。おそらくは、『内海』という最も標高の低い水源へと向けてだ。
その激流は、大地の奥底を削り続けているわけだ。喰らうような勢いでな。
「つまり、地下は空洞だらけというわけか」
「そうだ。そして、『メイガーロフ』の土は、金属が多く含まれているせいで、水分の比較的多い場所では、固まりやすいのだ。地下の水を保つ空洞から、蒸発してくる水に、上空からの砂が重なる。そうなると、まるで傷口をふさぐ『かさぶた』のようにして、固まった砂の層が地下空洞に『フタ』をしている」
「砂混じりの風だから、常に砂は上から補充されていくってわけだ」
そうして、地下水で下に落ちた砂は流されていき、地上にはやがて風が運んだ砂が固まり、フタを作っている。その繰り返しで、流砂という仕組みがこの場所には誕生しているようだと、ラシードは考えている。
その理屈には、オレは反対することは出来ない。ロロカ先生レベルの賢さなら、何か違う理論を見つけ出せるのかもしれないが、オレのような蛮族の頭では、ラシードたちの長きに渡った考察の産物に対して、異論を挟めるほどの鋭いアイデアなど浮かぶはずがなかった。
「……その『フタ』に、砂が積もりすぎていけば、やがて重さに耐えられなくなり、ヒビ割れが始まってしまう。それが、この大地が鳴く音の正体ってわけか」
「そうだ。この場所は、どこがいきなり崩落するか分かったものではないのだ。大地が崩落してしまえば、その周辺の砂が大量に吸い込まれていく……そうなったときは、どんな大きな隊商でも、瞬時に呑み込まれてしまうぞ。砂の大渦となり、誰もそれには抗えない」
「そ、それは、近づきたいとだなんて、絶対に考えられないっすね」
……カミラは怯えていた。
しかし、オレは恐怖以外のことを考えている。
おそらく、その崩落にも、『吸血鬼』の『コウモリ』の力ならば、脱出することも可能なんじゃないか―――そんなことを考えていた。
実験するわけには、もちろんいかないがな。『コウモリ』は、驚くほどに小さなすき間をすり抜けて飛べるのだ。『吸血鬼』の力なら、流砂の大渦ってヤツにも耐えられそうな気がする。砂のあいだにあるすき間を、『闇』に化けた『コウモリ』なら通過するような気がしているのさ。
カミラに力を奪われる前の『吸血鬼』のクソ女は、すき間なんてどこにないような石材の間を『コウモリ』ですり抜けたのだからな……。
だが、『吸血鬼』や第五属性『闇』の魔術などは、あまりにも例外的ものだ。
一般的には、その流砂の大渦に耐える方法がないってのは事実だろう。
流れる砂のなかを、泳ぐことは出来そうにないからな。
もしも、そんなものに呑み込まれたら、あっという間に地下深くへと落下していき、そこでは、とんでもない重さとなった砂の滝を浴びることになる。砂の重量によって、どんな強靭な男の体でも、すぐさまに押し潰されてしまう、という結末を迎えることになるに違いない。
地雷でも埋められているような場所だな。地元の民が恐怖して、近づくことを避けるには十分な理由と言えるのさ。
……しかし、だ。
こういうハナシが出ちまうと、言わなければならないセリフもある。異邦人としては、質問すべきことさ。
「実際に、被害にあったヤツらがいるのか」
「……ああ。過去には、大勢の商人たちが呑み込まれてしまった。商人たちは、商業のための新しいルート開拓に余念がないものだからな」
「欲をかきすぎていると、大地の怒りに触れるわけだ」
「……砂漠での商人の努力は、蛇神ヴァールティーンも認めているのだ。しかし、神々の怒りに触れるよりも先に、自然現象への挑戦は裁かれることもある」
「哀れなことに、隊商たちは、砂の奥底に呑まれたきりか」
「砂の奥底は、深い大地は、蛇神の信徒にとっては、神聖な場所でもある。我々は、地下に掘った穴に、死者を寝かせることを好むのだ……戦時では、そういう地下墓所の建設は、疎かになりがちだがな」
「君らは、高度な地下建設の技巧を持っているんだからな。君たち『メイガーロフ人』らしい墓だよ」
「そうだ。そうあるべきだが……多忙さにかまけてしまい、我々は死者への弔いを気にかけることさえも、やれないでいた」
「追い詰められていたんすね……」
「……帝国軍は、とくに、メイウェイという男は、強敵だったからな」
「『君』に、そんな評価をされたのなら、メイウェイもさぞや喜ぶに違いない」
「……私は、ヤツには勝てなかったんだぞ、アインウルフ」
「戦力が違い過ぎたからだ。そんなことぐらい、私の部下は、理解している。対等な戦力を有していれば……『君』に政治力があれば。『イルカルラ血盟団』は、もっと大きな力を持っていただろうにな」
「歴史には、もしもなどはない。私は敗北者であり、メイウェイと……アインウルフ、お前は確かに、『メイガーロフ武国』に勝利したのだ」
「……敗北を認めるのは、苦しいことだろう、ラシード」
「慣れている。王と国を守れなかったという、無様を晒した日から、ずっと、私は敗北者で在りつづけている。だが……生きている限りは、私は、この国と民のために、帝国人との戦いに身を置きつづける」
「嫌いになれない価値観だよ、ラシード。君に対して、私は尊敬の心を抱かずにはいられないな」
「……フン。どうあれ、今は、メイウェイを探すとしよう。ストラウス卿、何か、見つけられるか?」
「ああ。砦があるぞ……崩れかけの古い砦がな。あそこが、お前たちの作った拠点というわけか、アインウルフ?」
「そうだ。あそこが、かつて私とメイウェイが王家の書物から回収された情報を頼りに見つけた、我々の緊急事態用の隠れ家だ。私たちの考えが正しければ、メイウェイは逃げ延びているだろう」
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