第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その二十八
「若手の騎兵が裏切り、アルノアと組んでクーデターを考えたか」
「それが最も高い可能性だよ。その他のシナリオは、無視していいほど低い確率でしか発生することはないだろう」
「……ならば、具体的な事件のあらましが予想できるか?」
「おおよそ、ならばね」
紳士は自信ありげな態度を脚に宿して、脚を組み替えていた。優雅な所作だな。ガルーナ人の文化傾向とは異なるものだが、アインウルフにイラつくことはなかった。ダンディズムの勝利なのか?……まあ、そんなことはいい。
考えることは紳士の色気についてなどではなく、メイウェイ失踪についてだ。
「メイウェイが行方不明になった経緯を、どう予想する?」
「……竜の援護つきの突撃の威力は、私にも分かる」
「夜襲で、虚をついてもいる」
「それならば、かなりの被害が出ただろう。戦場で、メイウェイの指揮は感じられたか?」
「そいつはオレよりもラシードの領分だな」
「……ああ。そうだろうな。私の出番だ」
「ふむ。『ラシード』、どうだった?戦場では、メイウェイを感じたかい?」
「いや。ヤツの動きはなかったように感じた。私と一騎討ちするように挑発したが、出て来ることはない」
「隊列の動きは?」
「じつにオーソドックスだった。おそらく、こちらの動きに全て乗ってくれる形にはなった……ヤツらは、それで勝利を得られたのだから、問題はないだろうが、メイウェイ特有の機敏さよりも、あらかじめ教育で与えられた組織哲学に従ったような動きだった」
「……竜との戦いに、混乱なく対応してみせたということか。さすがは、メイウェイが育てた軍ではある」
元・部下の仕事を喜ぶ紳士がそこにいた。ラシードは大人だから怒りを感じることもないようだが、その代わりというかのように、ギュスターブは不機嫌そうに頬をふくらませていたよ。
ナマズに似た顔面を作りながら、ドワーフの戦士は素直な感想を述べる。
「敵軍を褒めるんじゃねえよ」
「フフフ。そうだったな。すまない。だが、元・部下の成長を感じられたら、誰だってそうなるさ」
「……分からなくもねえよ。でも、ムカつくってことは言っておく!」
「君の意見は、至極まともではあるよ。さて、戦場は混沌を極めていたようではなかったらしいな」
「そうだが、メイウェイはいたと思うか?」
「間違いなくいる。メイウェイは、油断をするような男じゃないのさ。とくに、『バルガス将軍』という、この土地に慣れた名将と戦う時は、確実に前線にはいただろう。挑発に乗らなかったのも、まあ、フツーはそうだね」
「たしかに、常識的な判断ではある」
「私やドワーフの勇士、あるいはソルジェ・ストラウスのような短気さは、メイウェイにはない。勝ち戦が見えていたなら、無理に命を張ることはない。決闘に命を賭けるようなことを、楽しむ性格ではない」
「そいつは、つまらんなあ」
グラーセス・ドワーフ族の価値観によれば、そういう評価に行き着くらしい。オレも、その意見にはそれなりに同意できるものだがね、9年間、大陸を歩き回ったおかげで、一般論というのも手に入れている。
誰もが血の気の荒い短気な戦士ばかりというわけではないのだ。そして、血の気が荒い戦士だけでも、戦で得られる勝利は大きくはならない。勇気は必要だし、戦場の流れを決定づけるものではあるが、冷静なヤツが指揮系統に何人かはいないと、その軍団は敵の戦術に踊らされることもある。
アインウルフも、智将というカテゴリーからは縁が遠い男だ。メイウェイという賢い上に常識的な副官がいたとすれば、いいコンビになりそうだった。
「……メイウェイは、おそらくその戦闘が終結した直後に行方不明となった。砦はどうなっていたんだ?」
「燃えていたな。『イルカルラ血盟団』が火を放った」
「……ふむ。メイウェイは、そうなっても無理に城に入ろうとはしないだろう。帝国軍の指揮官は、そんな時は指揮所を建てる。テントで軍議を開くものだ。メイウェイも、間違いなくそうしたはず……」
「軍議に集まるのは、エリートか」
「そうなるね。若手だけがそこにいるわけじゃない。古株たちにバレないように、メイウェイを拉致するとなれば……軍議に向かう途中。燃える砦を視察した後、メイウェイは護衛と共に、移動を開始しただろう……そこを、襲撃された」
「……なるほどな。それで、どこに連れて行かれたかも問題だ」
「……一般的に考えれば、アルノア伯爵の拠点だろうが……私に訊きに来るぐらいだ。そんな一般的な状況ではない理由があるのだろうな。すでに、調べたのか?」
「いいや。調べたわけじゃなく、アルノアが使っていた、『ラーシャール』の西にあるシャトーは砦の戦いの前に、オレたち『パンジャール猟兵団』が襲撃済みだ。メイウェイ配下の軍勢を誘導するためにな」
「ソルジェ・ストラウスも搦め手に長けているらしいな」
「単純な突撃の方が、ずっと得意じゃあるんだが、それだけでは強大な敵には勝てん。とにかく、アルノアのシャトーは、拉致したメイウェイを運び込むための拠点としては使えないだろう」
「……ふむ。ならば、いくらか限定されてくる……私が、思うに、これらが候補だ」
アインウルフはテーブルの上に広げられた羊皮紙の地図に対して、長い腕にもった羽根ペンで印を刻みつけていく。それは三つあった。そして、どれもが砂漠のまっただ中にある。
「これのどこかに、メイウェイってヤツが拉致されているってのかよ?」
「そうだと私は考えるよ、ギュスターブ」
「……ハナシに水を差すようで悪いけど、拉致しただけなのか?殺して焼いたり、埋めちまっても、死体は出ねえぞ?」
「それはしないさ」
「どうしてだよ?」
「若い騎兵たちは、そこまで大それた行為はやれない。若いだけに、罪無き上司を欲望のために殺すことまでは、不可能さ」
「……ヘタレてるが、まあ、でも……そういう気持ちも分からなくはない。たしかに、直属の上級貴族戦士を殺す気は、オレも起きない」
「若いだけに、欲の熟成も低い。欲を叶えるためには、大きな代償を背負うことになるべきなのだが、そこまでは、若くて揺れる心を持っている者では、不可能だ。アルノア伯爵から殺せと命じられていたら、若い騎兵たちも、行動することが出来なかったはずだよ」
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