第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その十六
甘い香りが食卓には漂っていた。オレたちにとって道の料理であるマンサフは、乾燥させたヨーグルトの甘酸っぱい香りだな。羊肉と煮込んでいるから、ジビエにも似た野性味を感じる。
オレが鼻を鳴らしたのを気にしたわけでもあるまいが、マンサフのファンであろうラシードは解説に入った。
「牛乳とも煮込んでいるんだ。そして、ターメリックやジャンジャーもたっぷりと入れている。口に入れると、羊肉の臭さは消えるぞ」
羊肉の臭さなんて、オレは文句を言っちゃいないんだがな。他の『外国人』からは、いつかラシードはマンサフの文句を言われたことがあるのだろう。
「……煮込んでいるから、鍋のフタを開けた時に、こもっていたにおいが舞ってしまうだけだから……大丈夫だぞ?」
「あはは。バルガスちゃん、必死!」
「私はバルガスではないぞ」
「え?」
きょとんとするミアに、オレはあらためて説明するのさ。ちょうど、皆がそろっているから、タイミングとしてはいいさ。寝起きに再確認すると、記憶が強化されるかもしれないという説があると、ロロカ先生から聞いたことがある。
「彼の名前はラシードだ。バルガス将軍は、『ザシュガン砦』で死亡したからな」
「おー。なるなる。そういうことかー。オッケー。ラシードちゃんね!覚えたよ!」
「ああ。私の名前はラシードだ。故郷は…………ふむ。マンサフ好きでは、『メイガーロフ』の南部出身者としてバレてしまうか……?」
「流れついた土地でー、覚えたことにでもすればいいんじゃない?ミアは、あちこちに大好きな料理がいっぱいあるよ!」
大陸各地の味を知っているグルメな猫舌は、ニコニコしつつ小さく可憐な指を折りながら数えていく。訪れた土地の数だけ、とまではいかないかもしれないが。ミアのグルメな猫舌は多くの味を記憶しているのさ。
楽しい思い出があるということは、素晴らしいことだよ。
「なるほど。それで……私は、一体どこ出身者であるべきだと思うかね?」
「……そだねー。ガンダラちゃんは、生まれたところを覚えていないって言っていた。私も、よくよく考えると思い出せないなー」
母親と一緒に奴隷だったからな、小さな頃のミアは。母親が死んで、ミアは彼女の願いを叶えるために自由を目指した。そして、運命というものが働いて、ミア・マルー・ストラウスは、オレの妹になったわけだ。
ミアはその生い立ちを語ることはなかったが、ラシードはミアのニコニコとした笑顔の裏に、何かを感じたのかもしれない。
「……故郷を覚えていないか」
「好きなところを故郷にすればいいってね、おじいちゃんがー……えーと、お兄ちゃんの前の、私たちの団長がね、そう教えてくれた」
「好きな土地を、故郷に、か……」
「うん!だから、お兄ちゃんのいるトコロが、私の故郷!マイ・ホームで、皆がマイ・ファミリーなんだよ」
ああ、お兄ちゃんはシスコンだからね、そういう言葉を聞いちゃうと胸が一杯になる。もちろん、オレだけじゃなくて、皆もミアの言葉に心を揺さぶれてしまうのさ。
「そうっすよね!自分たちは、ファミリーっす!」
「うむ!その通りだ!」
「私も家族ですよ、ミアちゃん!妹つながりですもん」
「イエス。私たちは、ファミリーでありますな」
キュレネイがミアのことを抱っこして持ち上げた。ミアはフライング・モードに入るために、腕を左右に伸ばして、翼にするのさ。脚をゆっくりと動かして、ミアは空を飛ぶ……キュレネイが食卓の周りを歩いた。ミアを聖なる神輿のように掲げてな。
お兄ちゃんは可愛らしいミアの動きで、胸が一杯になりそうだった。だが、ミアとキュレネイはお腹が減っている。フライング・モードは解除されて、食卓のイスへと二人の美少女たちは着陸するのだ。
「あうー。お腹が―――」
「―――ペコペコであります」
成長期の体ってのは、一眠りすれば空腹になっちまうだけだ。とくに、夜中に戦闘行為を二度も行っていたらな。疲れた身体は栄養を所望している。
「空腹は最高のスパイスだ―――と、言っても、私の料理は、空腹でなければ食べられないというわけではないぞ」
「知っているさ、ラシード。軍人の作る料理ってのは、美味いもんさ」
「それでは、自分がお皿によそうっすよ」
「あ!カミラさん、私も手伝います」
「ありがとう、ククルちゃん。ラシードさん、この大きなお皿に?」
「そうだ。とくに作法はないが……我が家のルールでは、羊肉の塊をライスの上に乗せていたよ」
「じゃあ、そうしてみるっすね」
「……ああ。私は……『メイガーロフ人』だと、バレてしまうかもしれないな、好物のせいで」
故郷の料理のせいで正体がバレるというのは、故郷に尽くして来た男としては業のようなもので、良くも悪くも相応しいものかもな。
「よいか?故郷の味を忘れる必要はないのだぞ」
リエルはそう語る。まったくもって同意しか出来ない言葉だった。
「……そうか。そうだな」
「おいおい、なればいいさ。新しい自分というものにな。今は、ラシード。バルガス将軍の家の味を、オレたち『パンジャール猟兵団』に教えてくれ」
「もちろんだ。そのために作ったのだからな。諸君らに、『私』の家の味を伝えたい」
ラシードはやさしげに微笑んでいた。
オレも、テーブルへとつくことにした。ミアとキュレネイの隣りに並ぶ。腹ペコの大食いトリオを結成してみたよ。
カミラとククルの手により、マンサフが食卓の上に運ばれてくる。大きなさらに、ターメリック色になった米があり、その上にはナイフで切るべきサイズの羊肉のカタマリが乗っていた。
ホワイトソースにも似た、濃厚さを連想させるヨーグルト・スープが、肉と米を浸している。
「新しい味、ワクワクだねー!」
「イエス。ゴハンはワクワクであります」
「まったくだぜ」
マンサフがテーブルに君臨する。そして、ラシードを含めて、全員が席に着いていた。ラシードは、手にワインを持っていたな……彼は、グラスにワインを注ぐ。自分とオレの分。他の女子たちは、リエルが淹れていたカフェオーレだ。
「ストラウス卿よ」
「ああ。ありがとう」
ワインを受け取る。大人の約束事をしなければな。
「ラシード、君の『誕生日』に乾杯だ」
「……ハハハ!ああ、たしかに、そうだな。今日こそが、この私、ラシードの『誕生日』にちがいない!」
「そうっすね!では、ソルジェさま!」
「おうよ。皆、グラスを持て!……新たな戦士、ラシードの『誕生日』に乾杯!!」
「かんぱーい!!」
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